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2017年6月10日 (土)

口紅

どんよりと雲が立ち込めた日曜日。
ふと、机の上を見ると、同窓会に出掛けた妻が仕舞い忘れた口紅が転がっていた。

昔の文化祭のミスコンを思い出した。
ギャップを外して繰り出してゆく…
鏡の前に立った。
もう昔のような艶やかな肌でもないし、唇もシワシワだった。

ゆっくりと紅を這わせながら、昔を思い出す。
「ヒロキ…」
彼の名前が口を吐いた。
僕を最初に抱きしめ、唇を奪った男…
その時の僕は、女子の制服を着て軽くお化粧もしていた。

「そんな姿、俺以外の男には見せないで欲しい。」
誘われるまま、僕は彼の前に跪き、ジッパーの奥から引き出した彼のペニスを咥えていた。
その後、ショーツを脱がされ、バックから犯された。
僕は「女」として快感に喘ぎ、彼が射精するのと同時に絶頂に達していた。

 

鏡の中に女の僕がいた。
が、着ている服が男物では可愛くない。
服を脱ぎ、下着を換え、花柄のワンピースに身を包んだ。
意識が「僕」から「あたし」に替わる…
髪を整え、ヘアピンで留める。
久しぶりにお気に入りのピアスを耳に飾る。
口紅だけでは物足りず、目の周りも整えてみた。

昔のような若々しさはないが、女として見られるくらいにはなったかな?
色気という点では胸元が寂しいので、ちょっと詰めものを入れてみた。
「今のあたしを見たら、ヒロキは何と言うかしら?」
あたしは携帯のアドレス帳からヒロキを検索した。

(…)

そう…僕達の結婚が決まった時に、彼の番号は消したのだった。
そのことに思い至ると同時に、僕の中に「現実」が舞い戻ってきた。
慌てて服を着替え、脱いだ服を元通りに畳む。
化粧を落とし、髪を元に戻す。
自分の内から「あたし」を消し去る。
僕はいつもの「僕」に戻っていった。

 

どんよりと雲が立ち込めた日曜日。
誰もいない部屋の中で、僕は机の上の口紅を眺めていた…

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