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2016年9月24日 (土)

転生者(10)

結局、あたしは三時間も前からデートの準備を始める事になってしまった。
それでも、着ていく服は決めてあったので、お化粧に一時間、髪の毛に一時間使ってもなお一時間の余裕があった。
…筈なのに…
アクセサリーを選んでいるうちに約束の時間を過ぎてしまっていた。
姿見でおかしなところがないか確認し、ロビーに降りてゆくと、満面の笑顔で彼が迎えてくれた。
「女性が仕度に時間が掛かるのは判っています。それに僕も注文を入れてましたからね♪」
「それでも遅れてしまいました…」
「僕の注文通り…いや、それ以上です。埋め合わせて余りありますよ♪」
「そんな…」
「では、行きましょうか♪」
とエスコートされてゆく。
ベルボーイが開いてくれたドアの先には黒塗りの車が停まっていた。
二人で後部座席に座ったが、前の座席には誰もいない。
「赤坂へ」
と彼が告げると、ドアが閉まり車はゆっくりと動きだした。

ほとんど音がしない。
坂路を下りながらスピードが上がる。地下の車道に合流する。
「全て管理された自動運転だし、歩行者もいないから、事故が起きる事もないんだ♪」
「白瀬もそうだったけど、すごく静かね♪」
「そうかい?僕らにはこれが当たり前なんだよ。騒がしい車なんて考えられないね♪」
そんな話しをしているうちにも、車は本線を離れ、坂道を昇り始めていた。
今度は地表には出ず、地下の入り口から建物に入っていった。
彼がカードを翳すとエレベータの扉が開いた。
円筒形の箱が上昇を始める。
加速度が反転して目的の階に到着する。
箱の中には一切階数を表示するものがないので、どのくらいの高さかは想像がつかない。
が、彼のこと、東京でも1、2の高さを争うような場所だとは想像できる。
ドアが開くと正面の窓には一面の空が写っていた。
遥か彼方に富士山の姿があった。
排気ガス等に汚れていない所為か、余計に美しく見える。
「ここが東京で一番高い場所にあるレストランだ。今なら60階、70階のビルを建てる技術があるけどね♪」
「建てられないの?」
「今は30階を越える建物を建てようとすると、空中機雷の餌食になってしまう。現存する高層ビルはみな空中機雷設置前の古いものばかりだ。」
「そんなに古い感じはしないんだけど…」
「ここに入っていられるって事はそれなりの格式も生まれてくるのさ。古さを感じさせない努力も怠っていないよ。」
「つまり、景色だけではなく、料理も一流ってこと?」
「その通り。失望はさせないよ♪」

窓際の席に案内された。
席数もそう多くなく、落ち着いた装飾の施された衝立が巧妙に配置され、個々のテーブルのプライバシーを確保してくれていた。

窓からは東京の街の西側が見下ろせた。
言われたように、高層ビルを見ることはできなかった。
それ以上に地下に交通網が発達した所為か、地表には緑が多く残されていた。

彼の楽しい話と美味しい料理を堪能している間に、空が茜色に染まり始めていた。
富士山の向こうに夕日が落ちてゆく。
「名画を見ているみたいね♪」
「絵はお好きですか?良かったら、明日は上野にでも行きましょうか♪」
「そんな…あたしに付き合ってばかりでは、貴方ご自身の時間が無くなってしまいます。」
「僕と一緒に過ごすのは苦痛ですか?」
「いえ!!そんなことありません。」
「それは僕も同じです。貴女と一緒にいることが幸せなんです♪」
彼の言葉にあたしの胸はキュンと高鳴った♪
「それって、なんかプロポーズみたい…」
「じゃあ、受けてくれますか?」
と彼はポケットから小さな箱を取り出した。
蓋が開けられると、中には…
「指輪?」
「貴女に受け取って欲しくて。」
あたしはあたまの中がくらくらするのを感じていた。
「大丈夫ですか?ちょっと急ぎ過ぎたようですね。別に、今即答えなくても良いんですよ♪」
あたしは「はい…」と言ってとりあえず小箱の蓋を閉じさせてもらった。

 
「あちらにソファがあります。珈琲でも飲んでゆっくりしましょうか♪」
と、店の反対側のフロアにエスコートされていった。
個室になっていて、珈琲以外にもソフトドリンクが好きなだけ飲めるようになっていた。
窓際にある大きなソファに腰を下ろした。
下に江戸城の天守閣を見下ろし、銀座のキラキラした輝きを中心に夜の東京の街が広がっている。
勿論、輝いているのは広告塔と街路灯がほとんどであり、車のヘッドライトやテールランプは見ることができない。
同じ「東京」なのに、あたしの知っている「東京」とは全然違っていた。
(「あたし」の?)
違う。あたしの肉体の記憶はこの「東京」を知っていた筈だ。
転生前の記憶は「俺」が記憶していた筈…
あたしは「あたし」として転生前の記憶を呼び覚ましているの?
「あの大きな運河の向こうが豊洲だ。白瀬の格納庫も見えるだろう?」
彼の言葉にあたしの思考が中断された。
「あんなにキラキラ輝いて…まだ大勢の人達が働いているのね?」
「ああ。次の航海に向けて急いでもらっている。」
「いつなの?」
「それは君にも言えないよ。軍機だからね♪」
あたしは白瀬での航海を思い出していた。
そして、それは本当の意味での「あたし」の記憶だった。

(?)

あたしはいつから自分の事を「俺」ではなく「あたし」と言うようになったのだろう?
別に「あたし」だろうと「俺」だろうと大した違いではないと思うが…

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