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2016年4月24日 (日)

冒険者

風が吹いていた。
巻き込まれていた冷気が針のように剥き出しの肌を突いてくる。
首に巻いたマフラーを拡げて頬を覆った。

乾いた大地はいくら寒くても、雪や氷に被われる事はない。
踏みしめる路面はかさかさの砂粒の吹き溜まりの他は、剥き出しの硬い地肌である。
足を進める度にブーツの踵が音をたてる。

 

 
ここがどこなのか…「俺」の記憶には何の痕跡もなかった。
まるで夢の中のようではあるが、肌に感じる痛みは本物である。
そして、俺の知らぬ筈の記憶が「あたし」の中にあった。
(とにかく、今は陽が落ちる前に次の町までたどり着かなくちゃ)

 
今の「俺」は見知らぬ女の姿をしていた。

最初に歩き難さを感じた。
それが、ブーツの踵が異様に高い所為だと気づく。
(まるで女が履くようなブーツじゃないか?!)
「女」というキーワードが出ると、後は芋づる式に、服が女物である…胸を締め付ける下着…そこに収まった肉塊…そして…
自分が「女」である事を納得する。

(どういう事なんだ?)
と自問した。
勿論、回答は期待していなかった。が…
(あたしが「女」で何か問題があったかしら?)
と「あたし」の記憶が甦ってきた。
この世界に生まれ育ったあたしは「冒険者」として世界中を巡ってきた。
今は極寒の地にあるという「凍竜の鱗」と呼ばれる宝石を探しに来ていた。

この世界では「冒険者」は様々な秘宝を探してくる。
秘宝は似たような場所にいくつもあるらしいのだが、一度その秘宝を探し当てると、どんな事をしても二つ目を手にする事ができないのだ。
「冒険者」は探し出した秘宝を換金すると、また別の秘宝を求めて移動しなければならない。
あたしは「凍竜の鱗」を求めてこの地に来ていたのだ。

「あたし」の記憶が甦る度に、それは「俺」の記憶となった。
俺が女である事を受け入れると、女としての立ち居振舞いを自然に行う事ができた。
歩き難かった踵の高さも苦にはならなくなった。
(が、この寒さは「あたし」の記憶でもどうにもならない)
少なくとも、陽が落ちきる前に、どこか屋根の下に辿り着かなければ凍え死ぬであろう事は理解していた。

 

薄暗がりに町の灯火が見えた。
急ぎ足で町に駆け込んでいった。
「宿屋はどこだい?」
町中を歩いていた男に尋ねた。
「今夜寝る所を探しているのかい?」
(ヤバ!!)
その男の目には好色そうな光が宿っていた。
「あたし」の記憶は、このような輩といるとロクな事がないと警告していた。
「なら、俺の所に来ないか?安くしとくよ♪」
あたしの肉体が目当てなのを隠そうともしていない。
(更に宿代を取ろうとするなんて!!)
「あたしはちゃんとした宿屋の場所を聞いているんです。ご親切な申し出はありがたいですが、他の人に訊くことにします。」
俺が立ち去ると、男は諦めたかチッと舌を鳴らしていた。

次に出会った人は、親切に「ちゃんとした」宿屋の場所を教えてくれた。
しかし、確かに言われた場所には宿屋があった。が、かなり老朽化した建物だった。
でも、今は他を探す余裕などない。
「素泊まりで良い。ちゃんと鍵の掛かる部屋はあるか?」
宿屋の主人に尋ねると、宿代と引き換えに部屋の鍵を寄越した。
軋む階段を昇り、鍵に書かれたのと同じ札の掛かった扉を開けた。
隙間風もなく、快適に眠れそうなベッドが置かれていた。
この乾いた土地では水は貴重なのだろう。シャワーの類いは用意されていなかった。
俺は用意されていた部屋着に着替えると、ベッドに潜り込んだ。
疲れの所為か、即に深い眠りに落ちていった。

 

 

まだ、朝にまでは時間があった。
部屋に近づく気配に目が覚めていた。
(毎度の事か…)
とは「あたし」の記憶。
カチャリと鍵が開けられる。
(マスターキーか?)
ドアが開き男が入ってきた。
宿屋の主人ではない。
どうやらスペアキーが使われたようだ。
「ごくり」
と男が喉を鳴らす音が部屋の中に響いた。
俺はそっとベッドを降りていた。
男がベッドに近づく。
毛布が膨れているので、夜目には俺がまだベッドの上にいるように見える。
「さあ♪キミの愛らしい寝顔を拝ませてもらうよ。」
と男の手が毛布に掛かる…
毛布の膨らみが潰れた。
「こ…このアマ!!」
男は俺がいないのに気づく。
俺は服と荷物を抱えて部屋の外に出た。
「そこかっ!!」
男が振り返った。
多分、もの凄い形相をしているのだろう。
俺はそれを確認する時間さえ惜しんで隠れられそうな場所を探した。

階段を駆け降りる。
「待ちやがれ!!」
男がミシミシと床を鳴らして追いかけてきた。
眠りの浅かった宿泊客の中には何事かとドアを少しだけ開けて様子を窺う者もいた。
俺は食堂を突っ切り、厨房に転がり込んだ。
既に朝食の下拵えを始めていた料理人逹が目を丸くしていた。
「こっちへ。」
手招きしてくれたのは初老の料理人だった。
後ろで扉が閉まった。
薄明かりに酒樽が並んでいるのが見えた。
(酒の貯蔵庫か?)

とりあえず、男はここまでは来れないようだ。
一息吐くと、途端に肌寒さが気になった。外程ではないにしろ、室内よりは低い温度を保っているのだろう。
俺は部屋着から昨日着ていた服に着替えておいた。
その間に薄暗がりに目が慣れてくる。
どうやら、屋外に続く扉があるみたいだ。
扉は内側からは簡単に開く事ができた。
一気に冷気が雪崩込んでくる。
俺はコートの襟を立て扉を閉めた。

 
空が白み始めていた。
俺はブーツの踵を鳴らして、「凍竜の鱗」を求めて次の町に向け足を進めていた。

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