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2015年12月 5日 (土)

記憶の中の彼…

記憶の中に「彼」がいた。
女の子だった僕を優しく抱いてくれた「彼」が思い浮かぶ。
男に戻ってしまった僕は、もう二度と「彼」に抱いてもらえないのだろう…

 
「彼」=もう一人の「僕」

 

その日は空一面に雲が掛かっていた。
どんよりとした「空」に、僕の気分もどんよりしていた。
昼に食べた焼き魚が当たったのか、午後イチに腹痛で医務室のベッドの世話になった。
多少は落ち着いた所で、先に帰宅する事にした。

どんよりとした空の下、雑木林の中の一本道は更に暗さを増して見えた。
曲がりくねった道を進んでゆくと、備え付けの街路灯とは異なる灯りが見えた。
その光の下には「宇宙人」としか言い様のない人影が立っていた。
「君の存在を貸してもらいたい。」
宇宙人はそう言葉にした訳ではないが、そのような内容を直接僕の脳に送り付けてきた。
「存在を貸す?」
「そう。我々はこの世界を知るため、実在する人物に成り代わり潜入調査を行っている。だから、君という存在を貸してもらいたい。」
「べ…別に良いけど…その間、僕はどうしてるの?」
「同一の存在は複数あってはならない。君には別の存在になってもらう。」
「眠らされてる…とかじゃないんだ。」
「君の表面的な記憶は写しとる事ができるが、君には可能な限り我々が君自身のように行動しているか助言してもらいたい。」
「助言…ね。けど、常に一緒というのは無理じゃないかな。一緒に仕事する訳にもいかないし…」
「マスコットなどの人形なら常に傍にいられるのではないか?」
「どこかの魔法少女みたいだな。でも、話している所を見られないとも限らない。それに、僕は人間以外の存在になるのなら、寝て待つ方が良いな。」
「なら、家に居る間だけでも一緒にいて不自然でないようにしよう。」
「は、はあ…」

と、同意した。
その直後、辺りが強烈な光に包まれて僕は目を閉じていた。

「もう目を開けて大丈夫だよ♪」
どこかで聞いたような男の声がした。
(誰だったのだろう?)
と記憶を辿りながら目を開くと、男物のシャツの生地が目の前にあった。
それが男性の胸であり、更に男の腕が僕の背中に廻され、抱かれているような格好になっていた。
(男同士で何をやってるんた?)
と、彼を突き離そうとして「違和感」に襲われた。
彼に抱かれ、抑え付けられている胸の間に異物があった。
弾力のある塊が左右に一つづつ…それが僕の胸に付き、ベルト状の物が胸下部に巻かれ、それに連なるものがその塊を被っている…
胸だけではない。
顔には何か塗られている。それは唇にまで達していて、舐めると変な味がした。
耳には何かがぶら下がっていて、髪の毛が引っ張られるような感じがする。
僕の髪の毛ってこんなに長かったっけ?
髪の毛の一部が目の前に垂れてきていた。
残りのほとんどは後頭部で縛られているようだ。

太ももにも違和感がある。
衣服の端が太ももに当たっている。
ズボンも穿いていないようだが、それ以上に伸縮性のある生地で、脚全体が包まれているようだ。
そして、足…踵は地面に付いていないようだ。
踵の下に何かがあり、爪先は地面に付いているが、踵は下ろすことができない不安定な状況が作り出されている。
「もう良いから離して。」
そう言った僕の声はもう僕のものではなかった。

声…
そう言えば、この男の声には聞き覚えがある。
…録音された「僕」の声だ!!
仰ぎ見ると、そこには鏡で見慣れた「僕」の顔があった。
少し違和感があるのは、見る角度が違うからだろう。
「君は僕と同棲中の女の子という設定だけど、問題ないかな?」
そう言われたが、問題はあり過ぎだ。
何で僕が「女」なんだ?
確かに、同棲という事なら、一方は女には違いない。
彼が「僕」として行動するというのであれば…
だが、男同士の「同居」という手もあったんじゃないか?
同居なら夜一緒にいても問題はない。
しかし、男二人が生活するには僕の部屋は狭過ぎる。そう…
「寝るのはどうするの?貴方の部屋には一つしかベッドがないでしょ。」
「問題ないよ。同棲中という設定だ。君は僕の恋人なんだから、一緒に寝れば良いんだよ♪」

彼と「一緒に寝る」という言葉がキーワードだったのか、不意に身体の奥が高熱を帯びだした。
それは辺りを焼き尽くすものではなく、チーズのように身体の内側を蕩けさせてゆく。
「とにかく、家に戻ろう。」
彼の言葉に、あたしはゆっくりと歩きだしていた。

 
翌朝、彼が仕事に出て行った。
「いってらっしゃい♪」
あたしは彼を見送ると、朝御飯の後の食器を片付けた。
洗濯物を洗濯機に掛け、寝乱れたベッドを直し、床に掃除機を掛けた。
洗濯機が鳴ったので、洗い終わった洗濯物を取り出し、ベランダに干した。
「ふうっ♪」
一段落してため息を吐き、時計を見た。
(休みの日ならまだ寝てることもある時間じゃない♪)
(暇ね…)
(天気も良いから、お散歩でもしようかしら?)
あたしは服を着替えようとして、クローゼットの中には「彼」の服しかないのに気づいた。
(そうよね。着替えはあった方が良いわよね…)
あたしは昨夜持っていたバックの中から化粧ポーチを出して身なりを整えると、彼の蓄えから少々お借りして買い物に出掛けた♪

 

「ただ今…」
と彼が帰ってきた。
「お帰りなさい♪」
あたしは彼に抱きついていった。
「一人で寂しくなかったかい?」
と彼が心配してくれた。
(それより、新しく買った服に気づいて欲しいのに…)
そう思いつつも、
「大丈夫よ。今日は買い物して廻ってたから。」
「そういえば、新しい服を着ているね。似合ってる。可愛いよ♪」
(やった♪可愛いって言ってくれた♪)
「あぁ、晩御飯作ってくれたんだ。冷めないうちに一緒に食べよう♪」
あたしは彼のジャケットを脱がし、ハンガーに掛けた。
彼が料理のつまみ食いをしようとするのが見えた。
「先に手荒いウガイしてよね。」
と洗面台に促した。
(気付いてくれるかな?)
今日はあたし用の歯ブラシも買ってきて、彼の歯ブラシの隣に立て掛けておいたの♪
ちらりと洗面台を見ると、彼の視線の先にはあたしの歯ブラシがあった。

 

 
「僕は僕らしくできてるかな?」
ベッドの上で彼はそう聞いてきた。
「そうね…もう少し強引さがあっても良いんじゃないかしら?」
「強引さ?」
「あたしたち恋人同士なんでしょ?ベッドで一緒に寝ているのに…何もない…なんて…」
「良いのか?」
あたしはコクリと頷いていた。

 
「ああん。ああん♪」
あたしの媚声が部屋の中に渦巻いている。
彼に突かれ、あたしの膣の中を彼のペニスが行き来する。
擦れ合う粘膜…快感に満たされる。
これが「オンナ」の快感…あたしが求めていたもの…
(?)
これは本当にあたしが求めていたものなの?
否…この肉体はあたしのものではない!!
あたしの…僕の妄想が産み出した「存在しない女」だ。
彼と一緒にいても不審がられない存在を僕の僕の表層記憶から読み取って造りあげたものだ。
すべては現実ではない!!

だけど…

僕はこの快感に押し流されてしまいそうだ。
肉体の芯から込み上げてくる快感に突きあげられる…
「イク?イッちゃうの?」
「君がそう望んだのだろう?だから、ちゃんとイかせてあげるよ♪」
「えっ?ウソ!!」
あたしの膣に熱い塊が放たれた。
あたしは一気に昇り詰める。
あたしは何かを叫んでいたが、あたしの記憶はそこでプツリと途切れていた。

 

同じような日々が続いた。
あたしは家で彼の帰りを待ち、夜は彼に抱かれて至福な時を過ごす。
朝目覚めると食事を作り、彼を送り出す。
そして、家事をしながら彼の帰りを待っていた。

その日、夕食の下拵えを終えて彼を待っていると電話が鳴った。
彼だった。
「あの場所に来て欲しい。」
あの場所とは、初めて「彼」と出会った雑木林の中のことだ。

灯りの中に彼が立っていた。
あたしが彼の腕の中に飛び込むと、ぎゅっと抱き締めてくれた。
「ありがとう。我々の調査は終了した。」
頭の中に宇宙人が言ってきた。
「用は済んだので君に存在を返す。ありがとう。」
「ち、ちょっと待って!! あ、あたしはどうなるの?」
「君は本来の君に戻るだけだ。何の不都合もないだろう?」
見上げると、彼が優しく微笑んでいた。
「行かないで…」
「僕はどこにも行かないよ。本来存在していない君の存在が消えるだけだよ。」
「あ…あたしは…」
突然溢れだした涙が止まらない…
霞んだ目で彼を見る。
腕を伸ばし、彼の顔を引き寄せ…
キスした…

 
そして「彼」は消えた。

 

部屋に戻ると、僕は独りだった。
洗面台の前には「彼」と「あたし」の歯ブラシが並んでいた。
クローゼットに残された「あたし」の服…
元の姿に戻った僕は、もう着る事ができない。

ベッドには「彼」の臭い…
僕は布団にくるまり、泣き続けていた。

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