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2015年10月12日 (月)

無題

鏡の中に「俺」は居なかった。
写っていたのは見も知らぬ女の姿だった。

 

目が醒めたのはベッドの中だった。
いつもより寝心地が良いので、そのままうとうとしていたが、ふと身体に違和感を感じた。
身体を横にした時、胸の上に何かが付いている感じがしたのだ。
正体を探るべく、手を伸ばし、それに触れてみた。
指先からは「女の乳房」に触れたような感覚…そのまま掴み、揉んでみた。
「んぁっ…」
俺の耳に届いたのは、小さく喘ぐ女の吐息だ。
その時、俺は自分の胸を掴まれ、揉まれた事により生まれた快感のようなものに、思わず喘ぎ声を上げていたのだ。
「んぁっ…」
だが「俺」の声はどこにも届かず、それとシンクロしたように聞こえてきた女の声…

(…)

整理しよう。
今の俺の胸には、女の乳房のような肉塊がある。
それを揉まれると快感が得られる。
快感に喘ぐと俺の声は女の喘ぎ声に聞こえる。
(何か大事な事を見落としていないか?)
俺は確認のために、手を股間に向かわせた。
寝間着にしているのはパジャマとは異なった構造のようだ。
上着の裾が長く、ズボンは穿いていないようだ。
裾を擦り上げパンツに触れる。勿論、トランクスとは異なる質感である。
その全面の盛り上がりに触れ、掴もうとした。が、その存在が感じられない。
腹側からパンツの中に手を入れる。
指先に陰毛が絡むが、その先には凸部はなく凹みが存在した。
更に指先を進めると、暑く蒸した肉壁に包まれる。
「あ"っ!!」
思わず声を上げた。
指先が突起に触れた途端、全身に痺れが走ったのだ。
慌てて手を抜き出した。

結論から言えば、この身体は「女」である。
どのような容姿をしているかは定かではないが、これは女の肉体である。
可能性としては
俺の意識が別人である女の中で覚醒した。
あるいは、俺の肉体が女性化した。
何れも現実感に欠けるが、俺の肉体が女性化した場合、最悪、首から上が「俺」のままという事がある。
顔が「俺」のままであれば、俺が「俺」である事を認めさせ易いが、この先、男としても女としても生きていくのは恥ずかしい限りである。

別に、女になりたいとかいう願望がある訳ではない。一刻も早く本来の肉体を取り戻したいとは思っている。
が、元に戻るまでの間、「男の顔」+「女の肉体」を衆目に晒し続けられる忍耐力は持ち合わせていない。
兎に角、鏡を覗くのが先決に違いない。

俺は起き上がり、床に足を下ろした。
長い髪は栗毛色をしていた。染めたものか自前のものかは判断できない。
着ていたのは「ネグリジェ」と呼ばれるものであろう。透けて見える肉体は、結構スタイルは良いみたいだ。
立ち上がると、抑えのないバストが揺れる。女装嗜好などはないが、この肉体でいる間はブラジャーが必需品であると実感した。
ぐるりと室内を見渡す。
ベッドの寝心地を始め、天井や照明器具等からこの部屋が「俺」の部屋でない事は解っていた。
予想はしていたが、この部屋が「女」の部屋である事は間違いないようだ。
ピンク色系の内装、花柄のカーテン、積み上げられたファッション誌、床に転がるクッションとぬいぐるみ…
そして、俺は目指すものを見つけた。
大きな三面鏡の付いている家具。鏡の前には化粧品が並んでいる。
俺は付属した小さな椅子に座り、鏡の扉に手を掛け…開いた。

「これが…俺?」

鏡の中に写っていたのは見も知らぬ女の姿だった。
懸念していた「女の肉体に男の顔」という事態は避けられた。が、この「女」が何者であるか?という疑問が湧き上がる。
部屋の中は整理はされているが、ここで生活が営まれていた事を示すような乱雑さも見る事ができる。
何より、鏡の前の化粧品…瓶の中身は、どれも減っており、使われた事を示している。
この女がここで生活していたのであれば、この女の正体を確認できる物がどこかにあってもおかしくはない。

早速、探索に入ろうとして、今の自分の姿を思い出した。
ブラジャーをしていない胸は、行動の妨げになる。裾のヒラヒラしたネグリジェもそうだ。
それに、薄地の寝間着のままでは風邪をひいてしまいそうだ。
俺はチェストから適当にブラジャーを取り出すと、ネグリジェを脱いで自分の胸に充ててみた。
元々が女の身体なので、柔軟性はあり腕を背中に廻すのに苦労はなかったが、慣れ…どころか、初めて着けるブラジャーである。ホックを止めるのにかなりの時間を費やしてしまった。
次にタンスの中から服を探した。
が、この女はズボンの類いは何も持っていないようだ。
兎に角、動き易そうな服を選ぶ。
本来なら、キャミソール等を着るのであろうが、俺は女物の衣服のルールなど知る由もない。
袖が肘の所まであるTシャツを着た。
スカートは丈の短い物を選んだ。多分、俺以外の誰の目に触れることもないであろう。この際、スカートの中が見放題となっても構わないであろう。
勿論、俺に化粧などはできない。服と同じで誰が見る訳でもないのだ。素っ面でも仕様がない。
ただ、長い髪の毛はそのままでは問題がある。かと言って、この俺に編んだり結ったりする事が出来る筈もない。
近くにゴムの付いた布の輪…シュシュがあったので、これで髪を束ねる事にした。

その出で立ちは他人に見せられるようなものではなかったが、今はこれで充分である。
(さあ、部屋の中を捜索しよう♪)
と気合いを入れたその時、壁の時計が鳴り出して正午を告げた。
(もう、こんな時間か…)
と思った途端、ク~ッと腹の虫が鳴いた。
兎に角、起きてからは何も食べていない。それより前にいつ食事をしたかは彼女に聞かなければならない。
急遽、捜索の対象を食料に切り替え、俺はキッチンに向かった。

食器類は綺麗に片付けられている。シンク等の汚れ具合から、彼女がここで調理していた事は確かだ。
が、ゴミは片付けられており、キッチンは閑散としていた。
冷蔵庫を開くと、普通なら飛び出してくる冷気が感じられない。
庫内を照らすライトも付いていない。
コンセントが抜かれていた。
勿論、庫内は空っぽである。野菜室も冷凍室も同じだった。

他の扉も開けてみる。
食器や調理器具が整然と並べられている。が、本来は調味料や缶詰等が置かれていたであろう場所には何も置かれていなかった。
つまり、食べるものは何も無いという事…
その事実に直面すると、更に空腹感が増した。
解決方法は、外に出て食べるが、食材を調達してくるかだ。
そこで問題が二つ。
今は他人の目を気にする必要はないが、外に出るのであればそれなりの格好は必要だろう。
もうひとつは金だ。
勿論、俺自身の金がここにある筈はない。彼女の持っている現金なりカードなりを使わせてもらう事になる。

 
で、先ずは金だ。
とは言え、預金通帳などがあっても暗証番号がわからない。クレジットカードもサインレスでしか使えない。
とにかく「現金」だ。
大金はいらない。
飯を食えるだけでよい。
財布にはそれくらいは入っているだろう。
財布はどこだ?
机の引き出しか?鞄の中か?

辺りを見渡す。
一角にバッグをまとめて置いてある場所があった。
そして、そこから少し離れた場所…椅子の上に置かれたバックは、中にいろいろと入っていそうだった。
バックの中を覗くと、一番上に白い封筒が乗っていた。
宛名の所に「遺書」と書かれていた。

(マジか?)

俺は当初の目的も忘れて、封筒の中に入っていた便箋を広げた。
〈お父さん、お母さん。旅立つ不幸をお許しください。
 理由はいろいろありますが、私は生きていることに疲れてしまいました。
 もう、これ以上生き続ける事はできません。おしまいにします。
 ごめんなさい。さよおなら。〉
つまり、彼女は死のうとしていた…あるいは、既に死んでいたのだ。そこに「俺」の魂が入り込んだのだろう。
どういう手段で、誰が、どんな目的で?
そんな事は何もわからない。
(では「俺」はどうなっているんだ?)
電話を架けてみるか?
電話機はどこだ?

ぷるるるる♪

突然、電話の呼び出し音が鳴った。
音を辿ってゆくと、充電器の上に置かれていた。
取り上げる。
『あんた誰?』
と男の声。
画面に現れている数字は「俺」の携帯電話番号だった。
「俺」がここに電話を架けてきたということは「俺」の中には彼女がいるに違いない。
俺逹の魂と肉体が入れ替わっているということなのだろう。
『黙ってないで、何とか言ったら?あたしの身体をどうするつもり?』
「どうすると言われても、今は何が何だかわからないんだよ。」
『だったら何もしないでて!!今エントランスに着くから、インターホンが入ったらロックを解除してね。』
と電話が切れる。
その直後、
ピンポーン♪
と音がした。
音の源にはインターホンの端末があった。「解錠」のボタンがある。即にそれを押した。
しばらくしてドアを叩く音がした。
そちらに向かい鍵を開ける。
そのドアの向こうには「俺」がいた。

「何て格好してるのよ。もう少し何とかならなかったの?」
それが彼女の開口一番だった。
何もするなと言う割りには、要求事項が高い。
「寝巻きのままだと、俺の目の毒だったんでな。それとも、着替えない方がよかったか?」
「バカな事言ってないで、そこのタオルで目隠しして頂戴。あたしが着替えさせるから。」
今は彼女に逆らわない方が良さそうな雰囲気である。俺は大人しく彼女の指示に従った。

結局、着替えるだけではなく、化粧もさせられ、アクセサリーも付けさせられた。
ひと息吐いた彼女が冷蔵庫の扉を開ける。
「そう言えば、冷蔵庫空にしてたんだっけ。お腹も空いてきたしね。」
と、鞄の中から財布と鍵を取り出した。
「あんたはここで何もせずにじっとしているのよ。」
と彼女自身の電話も持って部屋を出ていった。
俺の電話も彼女が持っているので、今の俺には何の連絡手段もない。
そう。部屋の中を見渡しても、パソコンはおろかテレビも置いてないのだ。
何もするなと言われても、手持ち無沙汰である。
仕方なく、鏡の前に座り自分=彼女の顔を検分していた。
やはり、化粧の前後ではイメージが全然違った。
そして、このまま元に戻れないとなると、毎日このような化粧をする事になるのだ。
その際、ここに彼女がいる保証はない。その時は俺が自ら化粧をしなければならないのだ。

元に戻れないということは…
俺が彼女の代わりに彼女として生きてゆくことになるのだ。
そんな事がこの俺に、可能なのだろうか?

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