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2014年6月19日 (木)

入れ替わり

発車ベルが鳴り、ドアが閉まった。
列車は動き出し、ホームが遠ざかっていった。

僕は座席に座り直した。周りからはあからさまに不審がる視線が突き刺さってくる。が、僕は一切を無視して流れ過ぎてゆく景色に見入っていた。
しかし景色と言っても、そう面白いものが見える訳ではない。外は闇に包まれ、街の灯りが途切れてしまえば、点々と続く街路灯が見えるだけだ。
…いや、外が闇に包まれると、窓ガラスは鏡と化して車内の様子を写しだす。
そして、最初に目に入るのは僕自身の姿だった。
肩まで延びた髪は少し茶色に染まっている。垂れてくる前髪がヘアピンで止められていた。
赤み掛かったフレームのメガネが小さな鼻の上に乗っている。唇が紅くテラテラと輝いていた。
僕は童顔なので、よく女の子に間違われてきた。
でも今は、お化粧もして、ワンピースを着ているので、誰が見ても「女の子」にしか見えない。
不審がる視線が集まるのも当然だ。

普通、女の子が独りで夜行列車になんか乗ることはない。ましてや、ひらひらしたスカートのワンピースなど着て乗るような時間帯ではない。
だけど、僕にはこの格好でこの列車に乗っている必要があった。
今の僕は「高木透」ではなく、その妹の「高木遙」なのだから…

 

親友の武藤裕司が僕の妹と付き合うようになったのは、ごく自然の成り行きだったのだろう。
海外赴任している父の世話をしに、ちょくちょく母が家を留守にしていた。
裕司は僕の友達として頻繁に家に出入りしていたし、僕のいない時でさえ、家に上がり込んでいることもあった。
当然、僕がいない時は妹の遙と話をしていたりする。親密な関係を深めてゆくには十分な時間があった。

「遙ちゃんが妊娠したみたいなんだ。」
唐突に裕司からそう告げられた。
僕もそうだが、二人はまだ未成年だ。
「俺達、駆け落ちする事にした。来週、お前と旅行することになっていたろう?お前、遙ちゃんと代わってくれないか?俺達は旅先で行方を眩ます。」
「ち、ちょっと待て!!いくら何でも、駆け落ちっていうのは不巧ぞ。少し頭を冷やせよ。」
「これが、二人で考え抜いた結論なんだ。」
「とにかく、旅行は遙と代わってやる。旅先でもう一度じっくり考えてみろ。」

そう言って僕の代わりに遙が旅行に行くことになったのだが…
「お兄ちゃんが旅行に行ってる間、あたしは四国のお婆ちゃんの所に居ることになってるから、お兄ちゃんがあたしとして行っておいてね♪」
そう。丁度僕らの旅行の期間、母は父の所に行っている。年頃の娘を独り家に残しておく訳にもいかないので、遙はその間、四国の祖母の家に居ることになっていた。
「ちょっと待て。お前として行くってどういうことだ?」
「旅行に出ているのは高木透なのでしょ?お兄ちゃんがお兄ちゃんのままでいたら高木透が二人いることになっちゃうじゃない?だから、お兄ちゃんは高木遙になってもらわなくちゃ♪」
「そ、そんなことできるかよ!!」
「お婆ちゃんにはあたしが行くって言ってあるし、お兄ちゃんなら少しお化粧するだけであたしに成り切れるわよ♪」
と、俺は遙のワンピースを着せられ、お化粧を施されて、四国行きの夜光列車に乗せられたのだ。

 

いつの間にか、列車は瀬戸内海を渡っていた。
四国のお婆ちゃんの所には、小さい頃に行ったことがあるのだが、殆ど記憶になかった。お婆ちゃんと会うのも本当に久ぶりだった。
「しょっちゅう顔を合わせてるんじゃないから、あたしたちの違いなんか気付かないわよ♪」
遙は何の心配もないかのように言ったが、僕としてはどうしても巧くいくとは思えなかった。
「これを飲めば、少しは気分が落ち着く筈よ♪」
と遙から渡された薬をポシェットから出して飲み下した。
家を出てから、もう何粒飲んだだろうか?ポシェットの薬瓶が空になったので、網棚に乗せた鞄を下ろして薬袋から小分けしておいた。

(?)僕は下ろした鞄を再び網棚に上げようとした。が、その行為は最後まで届かなかった。
鞄の重さに勝てなかったのだ。列車に乘った時には軽々と乗せられたのにだ。
荷物が重たくなる筈もない。導き出される回答は、僕の筋力が落ちた…ということなのだろう。列車に乘ってから、ずっと座っていたのだ。エコノミー症候群というやつなのだろう。
瀬戸内海を渡る前に乗客は大分減っていたので、このまま鞄を隣の席に置いておいても迷惑は掛からない筈と、僕は鞄を網棚に乗せることを断念した。

夜行列車から、ローカル線に乗り継いで行くのだが、次の出発まではまだ時間があった。
駅のトイレで小便をしようとして一瞬躊躇した。男性用と女性用のどちらに入ればよいか?だ。が、今の僕は「高木遙」なのだ。誰が見ても今の僕は「女の子」だ。
男性用側に入る訳にはいかない。僕は荷物を抱えて女性用に入った。
当然、男性用にある小便器は存在しない。個室の扉が並んでいるだけだ。
そのひとつに入り…立ったまま用を足す訳にもいかないので、スカートを捲り、ショーツを下ろすと便座に腰掛けた。

シャーッと小便が迸り出てゆく。
(?)女の子の格好をしているからだろうか、何か違和感を感じた。
飛沫が太股に跳ねていたので、ロールペーパーを千切って股間を拭いた。
(後から思えば、既にその時には僕の肉体の変化はかなり進んでいたに違いない)
洗面台の鏡に顔を写す。そこに写っているのは遙の顔でもなければ本来の僕の顔でもない。女の子の僕の顔が写っていた。
ポシェットから口紅を取り出し、取れ欠けた部分を補修しておく。
しばらくして乗り換えのローカル線が入線してきた。
ここでも乗ってくる人が少なかったので、荷物は網棚に上げず、隣の座席に置いておくことにした。

電車は川に沿って山の中に入ってゆく。
陽も昇って気温も上昇してきたようだ。次第に体が暑く感じてくる。
特に、胸元の形を整えるためにと、ブラの下にタオルを詰め込んでいたのが効いている。
それに、胸も締め付けられる感じが強くなってきていた。
幸いにも、この車両には僕ひとりしか乗っていなかった。
駅に停まり、次の駅に向けホームを離れたタイミングで、僕はワンピースの胸元をはだけた。
キャミソールをたくし上げると、僕の胸に遙のブラジャーが巻かれている。タオルを詰めたカップがパンパンに膨らんでいた。

(?)再び違和感を感じた。
カップの中からタオルを抜き取った。が、想定に反してブラのカップはペシャンコにならず、かろうじてであるが、その形を維持していた。
(何で?)と胸元を覗き込んだ。
想定に反して、僕の胸元には「谷間」が存在していた。
「谷間」があると言うことは、その両脇には厚みがあると言うことで、その厚みは何かと言えば、女の子のバスト以外の何物でもないのだ。
(僕の胸が膨らんでいる?)
いや、それは胸だけの問題ではなかった。さっきのトイレのことを思い出してみる…
僕はスカートの上から股間を圧してみた。…が、よく判らない。
そこで、スカートの中に手を入れ、ショーツの股間に掌をあてた。
そこは「平ら」というか、少し凹みがあった。縦に筋があるみたいで…おちんちんの存在を感じる事ができなかった。
(何で?)と、更にショーツの中に手を潜り込ませた。指が割れ目に嵌まった。そこは少し湿度が高いようだ。奥の方が更に高く、指を湿らす位…するりと指がナカに入ってゆく?!
(これって女の子の「膣」じゃないのか?)
自分の体に膣が存在する驚きと、男として女の子の膣に触れたという高揚感。そして入れられた異物に刺激される違和感。
やがて、違和感が「快感」の一種であるとわかる…
(これが女の子の?…)

 

〈間もなく○○駅に到着します…〉
車内アナウンスに我に帰った。
慌ててスカートの中から手を抜き、裾を元に戻した。はだけた胸元も直す。
僕は何事もなかったかのように座り直した。
何も考えないようにして幾つかの駅を見送る。
アナウンスがお婆ちゃんの家の最寄り駅の名前を告げた。
僕はもう一度服に乱れがないか確認しすると、荷物を持ってドアの前に移動していった。

「遙ちゃん♪こっち!!」
改札を出ると即に声が掛かった。
お婆ちゃんの家に同居してある宏おじさんだ。
「遠い所をようこそ。いやー、遙ちゃんもママに似て美人になっちゃったね。おじさん、別人かと思ったよ♪」
(はい。美人かどうかは別として、別人であることは間違いありません。)
宏おじさん…母の年の離れた兄の所の長男は僕の手から荷物を引き取ると、軽トラックの荷台のカゴに放り込んだ。
僕を助手席に乗せ、一路お婆ちゃんの家に向かった。
「遙ちゃんてお転婆なイメージがあったけど、もう年頃なのかな?おしとやかになったね。」
(いやぁ、遙は小さい頃のまま、何も変わってないよ♪)
とは言っても、今は僕が「遙」なのだ。本人とあまり違ってるのも問題だろう。
「そ、そんな事ないです。ちょっと疲れが出てるだけですから。」
「そうだね。もうすぐ着くからね。今日はゆっくり休んで、積もる話は明日にしよう♪」
取り合えず、今日はなんとかなりそうだが、明日は質問攻めにあいそうだ。
(遙として答えるなんてできそうにないよ~;)

 

 
「良く来たね。二階に部屋を用意しといたからね。荷物を置いたらお風呂沸いてるから入ってしまいなさいな♪」
出迎えてくれたお婆ちゃんに挨拶し、二階に上がった。
荷物は宏おじさんが運んでくれた。
「じゃあ、俺は残してきた仕事を片付けてくるから。晩飯の時にまたね。」
と荷物を置くなり、さっさと出ていってしまった。
僕は遙がいつも家で着ている部屋着て替えの下着を鞄から出して、風呂場に向かった。
ワンピースを脱いで下着姿になる。
はっきりと胸が膨らんでいるのが判った。更にブラジャーまで外す。乳首がぷっくりと飛び出ている。
この体が女の子になっている事を改めて実感する。
そして、ショーツの縁に指を掛け、引き降ろした。

股間にあった筈のモノは無く…代わりに縦に刻まれた深い溝があった。
 
これ以上見ていても、それで元に戻れる訳ではない。今はこの体である事を受け入れるしかないのだ。
風呂に入る。
洗い場で体にお湯を掛け、泡立てた石鹸を全身に塗り付けてゆく。
手足や背中はいつもと変わりはない。
胸の膨らみをなぞるように…意識しなければ、そんなにいつもと違う訳ではない。ちょっと太って肉がだぶついたと思えば良い…

手は胸から腹に降りてくる。その先は…

股を広げる。
何もない股間に石鹸の泡を付ける。
しみないように、やさしく付けてゆく。
(これくらいで良いかな?)
再び手桶にお湯を汲んで体に掛け、股間も洗い流した。

 
湯舟に浸かっていると、気分が解れてゆく。
そう、緊張の連続だったのだ。最初は「女装」が見破られ、男だとバレないかを気にしていた。
今は何故か女の子の体になっている。取り合えず「女装」の心配はなくなったが、今度は親戚の中にいて、僕が「遙」ではないことがバレないようにしなければならないのだ。

風呂の中で独りになっていれば、気を使う事はない。
僕の内にあったモロモロがお湯の中に溶けだしてゆく。
お湯の中で、僕は僕であって、僕ではなくなってゆく。自我が混沌としてゆく。
何もかもがリセットされる…そして、再び僕の中に自我が生まれ「僕」が再構成されてゆく。
が、その「僕」はやはり「女」のままだった。

 
お婆ちゃん、宏おじさん、そして僕の三人で夕食を囲んだ。
当たり障りのない会話を心掛け、早々に部屋に戻っていった。
遙のパジャマに着替え、布団に潜り込む。(明日は大丈夫かな?)との思いでなかなか寝付けない。
ポシェットの瓶から薬を取り出し、飲み下す。
すーっと意識が落ち着き、僕はあっという間に眠りの中に引き込まれていた。

 

 

 
小鳥たちの鳴き声とともに目覚めを迎えた。
何か気持ち良い。
あたしはカーテンを開き窓を開けた。心地好い空気が部屋の中に流れ込んでくる。
(やっぱり都会とは違うわね♪)
あたしは鞄から鏡とヘアブラシを取り出し、日課となっているブラッシングを始めた。
(確か、もっと長かった筈よね?いつ切ったんだっけ?)
何か引っ掛かるものを感じてはいたが、鏡の中には「いつものあたし」が写っている。
(気のせいよね?)
と自分で納得させていた。

パジャマから部屋着に着替えて居間に降りてゆくと、お婆ちゃんと宏おじさんがテレビを食い入るようにして見ていた。
「あ、遙ちゃん!!」
と宏おじさんがあたしに気づいた。
「透君が…透君の乗っていた飛行機が墜落した…」
しばらくテレビの画面を見ていると、乗客名簿に「高木透」と「武藤裕司」の名前が並んで出ていた。
「高木透」…それがあたしの…僕の名前である事に結び付くまでしばらく時間が掛かった。

「遙ちゃん?」
声を掛けられて我に帰る。
「ママたちには?」
「もう連絡を取ってある。飛行機も手配済みだ。碧さんからは、遙ちゃんはここを動かないようにって言われている。」
ママと顔を合わせれば、僕が遙でない事はすぐにバレるだろう。だけど、この変ってしまった体では、僕が「透」だと言っても信じてはもらえないだろう…
「何か判ったら知らせてあげるから、部屋で休んでいなさいな。」
そう言われ、僕は再び階段を上がった。
(とにかく、今は落ち着かなくては。)
僕はポシェットの薬を飲み下した…

あたしは部屋着のまま、ベッドの上にいた。
今朝からまだそんなに時間は経っていない。まだ、頭の中が混沌としているようだ。
ポシェットの薬瓶の中が空になっている。
鞄の中の薬も、瓶に入れた分で最後になってしまった。
(この薬…だれかからもらったものだけど、だれからもらったんだっけ?)

 
陽が傾いていた。
朝から何も食べてないけど、お腹は空いていない。
(事故はどうなったんだろう?)
あたしは居間に降りていった。
宏おじさんが電話をしていた。お婆ちゃんは疲れたみたいでぐったりしている。
テレビからは事故現場からの中継が流れている。
「あっ!!」
っと、あたしに気付いた宏おじさんが、テレビのリモコンに手を伸ばした。
プッと画面が消える。
「また後で連絡するよ。」と宏おじさんは電話を切っていた。
「遙ちゃん、そこに座って。」
宏おじさんの言葉に従ってその場に座った。
「碧さんから連絡が入ってきた。透君の死亡が確認された。」

あたしの中で様々な記憶が渦巻いていた。
ようやく「透」があたしの兄の名前であることに結び付いた。
「お兄ちゃん?」
その響きが遠くに感じる。
「お兄ちゃん…死んじゃったの?」

 

 

あたしは黒い喪服を着て、お墓の前にいた。
あたしは封印していた記憶を全て取り戻していた。
今、お兄ちゃんは「お兄ちゃん」としてお墓に納められた。これで良かったのだとあたしは思う。
突然「あたし」の姿になって現れたお兄ちゃんは、あたしと立場を交換して欲しいと言ってきた。
あたしが「お兄ちゃん」になって、お兄ちゃんが「あたし」になった。
「あたし」になったお兄ちゃんは、全くの「女の子」だった。
即に自身の親友である武藤さんと恋仲になっていった。肉体関係を持つまでに時間は掛からなかったようだ。
武藤さんもお兄ちゃんとの入れ替わりを知っていたようで、時々「親友」のあたしに「悪いね」と言ってくれた。

あたしは「女の子」を満喫しているお兄ちゃんを見ていられなかった。
(本当ならあたしが…)との思いに耐えられなくなる事もあった。
そんな時、「記憶を封印してくれる薬があるんだ。」と黒い錠剤をもらった。
「封印を解く薬もあるけど、どうする?」と聞かれ、その時は「いらない」と言っていたと思う。

 

その時の白い錠剤が、あたしの記憶を徐々に取り戻させていった。
実際、あたしの体は女の子のままだったのだ。黒い薬が自分の体が男の子だと錯覚させていたのだ。
あたしが「お兄ちゃん」だった間、よく思い出せば、立っておしっこをした事がなかった。

あたしは「高木遙」に戻ったのだ。いえ、あたしが「お兄ちゃん」だったって事は誰に言ったって信じてもらえるものではない。
全てはお兄ちゃんの死とともに地の下に埋めてしまおう…

 
お線香の煙が、空に消えていった。

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