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2014年1月28日 (火)

秘湯(1/4)

バイクのエンジン音が霧の中に消えてゆく。
視界…ほぼ0m!!
体が覚えているコース情報だけで車体をコントロールしてゆく。

この霧の中、対向車がいる筈もないとたかをくくっていた訳ではない。
耳を研ぎ澄ませ、自のエンジン音以外の音を聞き分けていた。
石の跳ねる音
道路脇の谷に流れる風の音
谷の下に流れる川の水音さえ把握できていたのだ。

その先にトンネルがあった。
カーブを曲がる。
入り口にある赤ランプが灯っていた。
急ブレーキにタイヤが軋む。
トンネルの入り口は封鎖されていた。
入り口の脇に旧道が細く続いていた。
体勢を直して旧道に乗り入れる。
砂利が浮き、ブレーキにタイヤがロックしないよう、慎重に減速する。
勿論、俺のコース情報は旧道になど対応していない。
目で見てコースを確認するしかない…が、この霧である。

なるべく道路の中央に持って来る。
速度は歩いているのと大差はなかった。
左右に茂る叢に、道幅は更に狭まっていった。

 

登り坂があった。
かなりの急勾配である。
が、登りきった時、霧も晴れ、眼前に峠の絶景が広がっていた。

そこには狭いが駐車スペースがあり、展望者のための手摺と、休憩者のためのベンチが置かれていた。
尤も、これらはトンネルができる前、この道が幹線道路として使用されていた時代に置かれたもので、かなりくたびれた状態にはなっていた。
(ヒトは一服の絶景より、利便性を優先させるものなのか?)
などと達観したような台詞が、ついつい浮かんでしまう。

 
ヘルメットのシールドを下ろし、俺は先に進んでいった。

トンネルと橋を抜ければ、1分も掛からない場所である。
が、旧道は地形に沿って、大きく迂回してゆく。更に上下の移動もあるため、10分近く掛かってしまうだろう…

 

そんな目論見も、即に潰える事になった。
新道とは比べ物にならないが、そこには谷を渡る小さな橋があったと思われる。
道は崖っぷちで唐突に終わり、対岸には道の続きが連なっていた。
が、そこに在る筈の「橋」は存在しなかった…

が、よく見ると脇に獣道のようなものがあった。
崖の下に続いているようだ。
対岸の崖にも同じような「道」がある。
地元の人が通っているのだろうか?
(四輪では狭いが、二輪であれば通れるかも知れない♪)
狭い隘路を降って行き、浅い川を強引に渡っていった。

 
多分、下に着いた頃からだろう。再び霧が湧いてきていた。
対岸には辿り着いたものの、崖の上は既に霧の中にあった。
(この状況で隘路を昇ってゆくのは危険だ)
と判断し、隘路の入り口の脇にバイクを止め、エンジンを切りその脇に腰を下ろした。

静寂が訪れる。
人工的な音は消え、水音だけが強調される。
俺も、自然と息を潜めてしまう…

 

コォーーーーン…
コォーーーーン…
と遠くに聞こえていた獣の声が、所々に近付いて来る。

霧は深まり、何も見えなくなっていた…

 

 
「もし?」
と声を掛けられた。
女の声だった。

何時の間にか、俺の前に着物姿の女性が立っていた。
「どちらに行かれますか?」
「あ、ああ…」
俺は立ち上がった。
「この先の温泉に行こうとしたんだが、幹線道路のトンネルは封鎖されてるわ、旧道の橋はなくなってるわで、仕方なくここに降りてきたんだ。」
俺は崖の上を指し、
「ここを上って旧道に出ようとしたんだが、この霧でね。」
どうにもならない♪と俺は手を広げて見せた。
「その温泉。今はもう無くなっています。ここで引き返してもらえませんか?」
「無いって、どういう事だ?何れにしろ、この目で確認しておきたいな。」
「立ち入りが禁止されています。」
「理由は?何で貴女がそれを言う?役場なり警察なりそれなりの人に言われるんでなく。」
「そ、それは…とにかく、この先は危険なのです。」
「危険かどうかは俺が判断する。行ける所までは行ってみるつもりだ。」
「…そ、それは…」
「ああ、どうやら霧も晴れてきたようだしな♪」
「っえ?」
と彼女が振り返る。
谷の景色がうっすらと浮かびあがりつつあった。
「は、早く戻ってくださいね。」
そう言い残し、彼女は霧の中に消えていった…

 

 

バイクのエンジンを再起動し、俺は隘路を上り対岸の旧道に戻ってきた。
しばらく走ると幹線道路に戻ってきた。
霧は晴れており、俺の脳内ナビに頼らずとも、一本道を快適に飛ばして行けた。

目的の温泉の案内アーチを通過する。
山奥の一軒宿でしかない秘湯と言われるような温泉に全く不釣り合いな案内物である。
不釣り合いと言えば、この幹線道路もである。この先には目的の温泉宿があるだけで他には何もない。
それこそ民家ひとつもないのだ。
手前の集落から、ただこの温泉宿だけに作られているのだ。
だからと言って、その温泉が観光名所かと言えば、そうでもない。
日本の名湯百選なんかに選ばれた事もないのだ。
幾度となく訪れているが、宿の駐車場に車が溢れている事など見たことがない。
客が俺一人と言う事もあった事がある。

 
幹線道路が塞がれていたので、当然の事か駐車場には一台も止まっていない。
いつもの場所にバイクを置き、宿に向かった。

入り口の扉が閉まっていた。ただ閉めただけでなく、鍵を掛け「休業中」の貼り紙がしてあった。
裏手に廻ってみる。
人の気配は感じられない。
裏木戸から更に奥に続く道がある。
俺が目当てにしていた源泉がこの先にある。
石畳の小路を歩いてゆく。
道は途中で別れ、その源泉に向かう方には石畳はない。
崖際に小屋があり、いつもはここで脱いで、全裸で小屋の脇の洞窟に入ってゆくのだ。
小屋は記憶通りに存在したが、ここの扉も錠が掛けられていた。
俺は服を着たまま、洞窟に入った。
その奥には、俺の記憶通りに白湯を湛えた温泉が存在した。

俺は服を脱いだ。
変わり果てた俺の肉体が晒される。
この湯に浸かりさえすれば、半年程度ではあるが、俺は元の姿を取り戻せるのだ…

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