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2013年4月25日 (木)

仕事

俺はぶらぶらと街を歩いていた。

何故かといえば、会社をクビになったからだ。
まあ、傾きかけの会社だから、業績の悪い奴から切っていくのは当然だとは思う。
が、デキる奴はそれより先に見切りをつけて会社辞めているので、そう遠くない将来にも倒産するであろう事は誰の目にも明らかであった。

とは言え、今の俺に仕事がない事は現実の問題である。が、元より必死で仕事を探し、取ってくるような性分ではない。
かと言って、世間体は気にしてしまう。いつものように背広を着て、いつもの時間に家を出てしまうのだ。
出てしまってから、行き先のない事を思いだし、結局、街をぶらぶらと歩くしかないのだ。

 

通勤時間が終わると街の様相は一変する。
商店街のシャッターが開き、活気に満ちてくる。
就学前の子供の手を引いたり、ベビーカーを押したりする若いお母さんたちと、老人で道が埋まっていった。
(まあ、普通の主婦もちらほらいるが、この時間はまだ、家の中で片付けものなどをしているのだろう)

 
「よろしくお願いしま~す♪」
ビラ配りの若い娘が、俺の手に一枚の紙を握らせた。
何気なく渡されたビラを見る。
「求人募集」の文字が飛び込んできた。
そして「楽をしてお金を稼ぎませんか?」の文字が続く。
怪しさが充分に伝わってきた。

ふと振り返って見たが、このビラを配っていた娘の姿はどこにもなかった。
それに、俺以外にこのビラを手にしている人もいない…
更に怪しさが増す。
とはいえ、俺の好奇心をくすぐるには充分だった。

 

道の脇に寄り、もう一度ビラの中身を確認した。

「求人募集

 楽をしてお金を稼ぎませんか?

 仕事は簡単。携帯に掛かってきた電話に答えてあげるだけ。
 いつでも、どこでも、好きな時にお仕事ができます。

 登録無料 委細面談」

そして連絡先の住所と電話番号が印刷されていた。
(電車で駅3つ先かぁ…)
俺はビラを手にしたまま電車に乗り、その駅で降りていた。
書かれていた場所は駅近くの雑居ビルの立ち並ぶ区画だった。
携帯を手にビラに書かれた番号を打ち込んでいた。
が、最後の架電ボタンがなかなか押せない…

俺はそのビルの前でしばらく佇んでいた。

 

 
「仕事もらいに来たんでしょ?」
女の声に、ふと我に返る。
「こっちよ♪」
と俺の手を引いてゆくのはビラを配っていた娘だった。

地下二階…窓のない真っ暗な部屋に電気が点くと、部屋の中央に事務机が現れた。
机の上には電話機もファックスもない。ましてやPCなどある筈もない…

「これにサインをちょうだい♪」
彼女が差し出した紙にはサインを書く欄以外はまったくの白紙だった。
「仕事の内容も聞かないでサインなんかできないよ。それに、この紙には何も書いてないじゃないか!!」
「良いじゃない♪貴方がココに来たからには、もうサインするしかないのよ。でも、お仕事については話してあげるわね。」

彼女が話した内容は、簡単には信じられるものではなかった。

「不特定の男性から電話が掛かってきます。それに出てく
 れれば、通話時間に応じて賃金が支払われます。勿論、
 電話はこちらから転送しますので、相手に貴方の電話番
 号が通知されることはありません。また、貴方の音声は
 こちらで適当にエフェクトを掛けますので、貴方の正体
 が知られる事はありません。
 そもそも相手は貴方の事を援交サイトの女性と思って電
 話を掛けてきます。貴方は適当にあしらってから断って
 もらうことになります。勿論エフェクトの効果で貴方の
 声は女の子に変換されています。それに、無理に女の子
 言葉にしなくてもエフェクターがちゃんと変換してくれ
 ますから、街中で対応してもらっても、まったく問題あ
 りません。
 さらに、実際に相手の呼び出しに応じていただければ、
 その時々の対応に応じて、特別手当てが支給されます。
 ただし、この仕事の事は一切他言無用です。もし、他者
 に知られる事となった場合、それなりのペナルティが課
 せられます。」

 

気が付くと、俺は雑居ビルの立ち並ぶ道の上に立っていた。
彼女に連れられて入ったビルがどのビルだったかも思いだせない。あのビラも今は手元になかった。

プププ…
携帯が鳴った。
(誰からだろう?)
昨今、この携帯に電話が掛かってきたことがない。
「もしもし?」俺は携帯を耳に当てた…
「あ♪ユリちゃん?オレっ!!」
軽薄そうな男の声がした。
「違います。」
俺がそう言うと
「ツレないなぁ~。オレだよ。ヒロシ♪先週、渋谷でデートしたろう?今日ヒマなら付き合わない?」
「ひ、人違いです。」
俺はそう言って携帯を切った。

その直後、ライトメールが届いた。
「只今の通話で千三十円が支給されました」
つまり、今のが「仕事」だったのだ。
電話を掛けてきた奴には俺の声がエフェクトによりユリという女の子の声に聞こえたのだろう。

プププ…
再び携帯が鳴った。
「もしもし?」
「おう、ミドリか?オレだ。」
俺は少し話を合わせてみることにした。
「何?なんか用?」
「用がないと掛けちゃまずいのか?」
「そんなことはないけど、今日はあまり時間がないから。」
「う~ん、会うことはできないんだね?でも、電話で話はしてて良いんだ♪」
「ああ、時間の許す限りだけどな。」
と、この男とは結構な時間話していた。

 

「仕事」は結構良い稼ぎになった。
が、この仕事を続けていると、いろいろと不具合がでてくる。
相手が俺を「女の子」として話し掛けてくるのだ。ついつい、俺も自分が「女の子」だと錯覚してしまう。
受け答え中の仕草だったり、言葉遣いだったりが「女の子」になってしまっていた。

そんな「不具合」は、外野からは「異常」に見られる。それでは堪らないので、屋外での「仕事」を控えるようになった。
更に、防音性の高いマンションに引っ越した。当然、出費が嵩む。
その分、相手との通話時間を長引かせて「稼ぎ」を増やした。
話しをつなぐ為に、最近の女の子なら話題にしそうな情報を集めていった。
女の子向けの雑誌を買っては、空いている時間で読み込んでゆく。
グルメ雑誌にでていた店にも行ってみる。
女の子しかいないようなブティックで、話題のアイテムを確認する。
(流石に細かい所までは店の中では確認できないので〈彼女へのプレゼント〉の呈で持ち帰って確認した)

 

「仕事」を続けていると常連さん逹の性格も見えてくる。
中には「俺が女だったら結婚しても良いな♪」と思える男も出てくる。
「良かったら今度の日曜日にお台場でデートしないか?」
と誘われ、俺は思わず「ハイ♪」と返事をしてしまっていた。
彼との電話のあとも、しばらくの間は女の子気分でぼーっとしていた。
(何を着ていこうかしら?)
とあれこれ悩んでいる内に、突然我に返った。

俺は男だ。
確かに部屋には女の子の服も色々揃っているが、それを「俺」が着ていく訳にはいかない!!
しかし、彼にとり俺はヒロコという「女の子」なのだ。
彼にこの姿を見せる訳にはいかない。が、断ろうにも、こちらから彼にアクセスする手段がないのだ…

 

ピンポ~ン♪

俺が悶々としている所にドアホンが鳴った。
「宅配便です。」
と業者が段ボール箱を運び込んできた。
差出人の名前に覚えはなかったが、品名が「特別手当」となっていた。「仕事」絡みだと理解する。
段ボール箱を開けてみると、一通の封筒が一番上に乗っていた。その下には女物の衣服や小物、バックや靴などが詰まっていた。
これで俺に女装しろというのだろうか?
俺は封筒の中身を確認した。便箋と「指輪」が入っていた。
便箋に書かれていたのは
「呼び出しに応じてクライアントと接触する際は、この指輪を装着してください。この指輪はエフェクタの端末として動作します。」
俺は半信半疑で指輪を嵌めてみた。

…俺は「ヒロコ」になっていた…

姿形はもとより、声も女の子の声に変わっていた。
段ボール箱から衣服を取り出す。下着を着け、スカートを穿き、ブラウスの上にカーデガンを羽織った。
鏡の中に「ヒロコ」がいた。
(これならデートも問題ないわね♪)
そして、ヒロコの体格が俺が買ってしまった女物の服のサイズが丁度合っていることに気付いた。
つまり、段ボール箱に詰められてきた地味な服ではなく、クローゼットに並んだ服で、思いきりお洒落ができるのだ。
(このワンピース、可愛いって言ってくれるかな?)
俺は様々なシチュエーションを想像しながら、服やアクセサリーの選択に時間を費やしていた。

 

 

俺は、彼にエスコートされ、お台場デートを満喫していた。
自分が「男」であることも忘れ果て、彼に甘えていた。
帰りは、マンションの近くまで送ってもらい、別れ際に「オヤスミ」のキッス…
(もっと本格的にしてくれても良いのに♪)
と、ちょっと物足りなさを感じながらも、そんな彼の紳士的な態度に好感を覚えていた。

 

彼からの電話が待ち遠しかった。
「仕事」も疎かになる。けれど、彼とのデートだけで一ヶ月分の収入があったのだ。
俺は「指輪」を外さず「ヒロコ」のままでいた。指輪を外すと、もう二度とヒロコに戻れない気がしていたからだ。
朝起きると、スカートを穿き、かるくお化粧もする。女の子らしい朝食を用意し、食べ終わると洗濯・掃除を済ませた。
(今日はショッピングに行こうかしら♪)
あたしは、着替えてお化粧をし直した。

今日は流行を追うのではなく、今の自分をより一層魅力的に見せる服を探していった。
勿論、ちゃんと試着もしてみる。これまでは、目指した服を見つけたら一目散にレジに向かい、会計を済ませていたのだ。
今日は納得がいくまで、じっくりと見定めるつもりだ。お店の娘とも色々話ながら、3着に絞られた。
(どれも捨てがたいのよね♪)
もう、これ以上選びきれなくなった所で値段を確認した。
(来週までに彼からデートの誘いがなかったら、誰か別の男の誘いに乗るしかナイかなァ…)
結局、3着とも買ってしまった。

 

数日後、他の男の誘いを受けるより前に彼と話しをする事ができた。
そして、二度目のデートの約束ができた。そのままウキウキした気分で週末を迎えた。

「今日の君は、この間よりも輝いて見えるよ♪」
自分らしさを出した服に合わせて、お化粧もいろいろと研究してきた成果だろう。
(自分がこんなにも何かに集中できるとは思ってもいなかった。)
今日のデートコースは前回より大人向けにアレンジされていた。
(もしかして?)と思っていたが、最後にホテルに誘われた。

…その日、あたしは初めて「オンナ」になった…

 

 

三度目のデートは、彼をあたしのマンションぬ呼んだ。
この日の為に「料理」の練習に明け暮れていた。
彼はあたしの手料理を「美味しい♪」と言ってくれた。
その日はあたしのベッドの上で抱き合った。

 

四度目のデート…

彼があたしに指輪を差し出した。
「僕と結婚して欲しい。」
真剣な眼差しに貫かれ、あたしは…

(ダメだっ!!)
あたしを制止する「声」が頭の中に響いた。
あたしは…俺はヒロコなんかじゃないんだ。これはエフェクターが造り出した「仮」の姿なのだ。
俺は「男」なのだ。どんなに彼を愛していても、結婚なんてできる筈がない!!

「少し考えさせてください…」

俺はデートを中断し、独りマンションに帰っていった。

 

 

「ちょっと良いかしら?」
マンションの入り口に「彼女」がいた。
俺をこの仕事に引き込んだビラ配りの娘だ。
「もう、この仕事辞める?」
「どういう事ですか?」
「辞めたいのなら、辞めて良いってこと♪次の就職先がほぼ決まったんでしょ?」
「就職先?」
「そ♪彼の所に永久就職。良かったじゃない♪」
「永久就職って、あた…俺は…」
「その指輪、外してごらんなさい♪」

あたしは彼女に言われるがまま、マンションのエントランスに写る自分の姿を見た。
「そう言うコト♪」
彼女はあたしの手から指輪を回収した。
「じゃあ、お幸せにね♪」

 

あたしはガラスに写る自分を見ていた…
そして、掌を持ち上げ、指から指輪が消えている事を確認した。

エレベータがあたしをあたしの部屋のあるフロアに運んでゆく…

バッグから部屋の鍵を出し…

ふと、表札に目が行った。
表札の「名前」が「博子」に変わっていた。
いえ、それは元から「博子」であったように見えた…

 

 

その夜、あたしは彼に電話した。
「こんなあたしでよければ…よろしくお願いします…」

あたしの頬を伝って落ちてゆくのは、嬉し涙に違いない…

 

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