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2012年3月 2日 (金)

空き地の鏡

そこに「鏡」があった。

どこでもドアみたいに、ぽつりとそこに立ち、向かい側の景色を写している。
芸術家のオブジェにしては芸のない「鏡」だし、置いてある場所も人目に触れる公園や広場ではない。
それこそ土管の積まれた雑草の生い茂る住宅地の片隅にある「空き地」でしかない。

誰が何の為に置いたのだろうか?
好奇心に駆られて近づいていった。
裏側は木枠になっており、補強の斜材も入っている。倒れないようにL字の金具で接地板に固定されていた。

正面に廻ると、空き地に置かれた土管やその先に立ち並ぶ家家が左右反対に写り込んでいた。
そして、そこに「人物」が加わる。
「俺」が鏡に写り込んだ。

 

しかし、これは本当に「俺」か?

確かに着ているものは今の俺と同じものだ。
鞄も左右逆だが、同じように肩に掛けている。

しかし、どこか違う。
俺の目はこんなにパッチリと開いていたか?睫毛も長くないか?
逆に眉毛が薄く、細く整えられている。唇がふっくらして、少してかっていないか?
全体にふっくらと丸みを帯びているような気がする。肌も白く…
まるで…女性のようだ。

肩から鞄を下ろすと、鏡の中の「俺」も同じく鞄を下ろした。
上着を脱いでみる。
鏡の中の「俺」の胸…シャツの下に膨らみがある。
女性であれば、乳房が存在するあたりに、まるで乳房が存在するかのように膨らんでいる。
シャツのボタンを外してゆく。下着はランニングシャツを着ているのだが、鏡の中の俺はブラジャーを着けていた。
シャツを脱ぐ。肩紐を外すとプルリと乳房がこぼれ出た。

ズボンのベルトを外す。
ストンと足元にズボンが落ちてゆく。
鏡の中の俺は女性用の下着…ショーツを穿いていた。
腰に手をあて、隙間に指を差し入れる。
ゴムを伸ばし、腰から下にずり下ろしてゆく。
下腹部の陰毛は男と女では生え方が違うと言うが、その先…男にはあるべき器官が、鏡の中の俺には存在しなかった。
そこには深い溝が穿たれていて、その奥には女性の器官が存在していることを否定しきれないでいた。

 
「クシュン」
可愛らしいくしゃみが聞こえた。
鏡の中では裸同然の女性が寒そうにしている。
俺はショーツを引き上げ、ブラを元に戻した。
ブラウスのボタンを止めると、足元に脱ぎ落としたスカートを引き上げた。
腰の左でフックを止め、ジッパーを引き上げる。
パンパンと裾を払い、土埃を落とした。

上着を着てもう一度「鏡」に向かう。
そこには、いつもの俺=あたし=がいた。
乱れた髪の毛を手櫛で整え、バッグを肩に掛けると空き地を出た。

振り返る。
そこにはもう「鏡」は存在していなかった。

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