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2012年2月11日 (土)

香里(2/6)

どうやら、俺は気を失っていたようだ。
布団に寝かされているようだ。天井が見えた。視線を巡らして部屋の中を確認する。
片側は壁だった。男性アイドルの写真が何枚か貼られていた。
逆側には勉強机と大きな窓。窓にはレースのカーテンが掛かり、両脇に束ねられたカーテンはピンクの花柄だ。
机の上は片付けられていたが、パステル調の色彩の文房具が多いように見えた。
どう見ても、ここは女の子の部屋だ。つまり、香里の部屋なのだろう。

転んで気を失ったにしてはどこにも痛みは感じなかったので、起き上がってみることにした。
上体を起こすと、更に部屋の様子が解る。
壁に掛かったセーラー服は香里の通う学校のものであろう。床のカーペットの上には、愛らしいぬいぐるみが佇んでいた。
部屋の一角に鏡の付いたタンスがあった。
ベッドを降り、その鏡を覗き込んでみた。

ある程度、予想はしていた。
が、実際にその事実を目にして、動揺しないでいることはできないだろう。
鏡に写っていたのは、パジャマすがたの女の子…香里だった。

そこには「男」の俺の姿はどこにも存在していない。俺が目にした幽霊の香里の姿が、そこに実体化していた。
「俺」が手を上げれば、鏡の中の「香里」も手を上げる。いや、そんな確認をしなくとも、鏡の中の「香里」と同じパジャマを「俺」が着ているのだ。
視線を落とせば、俺の胸に膨らみが存在しているのが解る。股間に手を伸ばさずとも、そこに在るべきものが無くなっているのはハッキリしている。
どういう仕掛けなのかは解らないが、今の俺は「香里」そのものなのだ。

 
取りあえず、意識が戻ったことを母親に知らせるべきであろう。
が、パジャマ姿のままでこの部屋を出るのも不巧いと思う。
俺はタンスを開けると、Tシャツとジーンズのズボンを見つけて、それを着た。

「ごめんください。」
と居間の扉を開けた。
そこには香里の両親が待っていた。
「取りあえず、そこに座りなさい。」
と彼等の向かい側の椅子に座らされた。
「単刀直入に聞こう。君は何者なんだ?」
そう言う父親と香里の姿をした俺を、母親は交互に見ている。
「香里さんは亡くなっています。が、あの事故のあった交差点で、何もできずにずっと佇んでいました。彼女は自分の死を受け止められずにいました。」
俺は居間にある仏壇の脇に飾られた香里の写真を一瞥した。
「そして彼女は、彼女に気付いた俺に憑いてしまったようです。もともと俺にそういう体質があったかはわかりませんが、彼女とは波長のようなものが合ったのではないのでしょうか。」
「その姿になったのも、その所為だと言うのか?」
「俺には解りません。お母様の顔を見て、香里さんの感情が物凄く高ぶったのは感じました。自分の肉体が自分のものと感じられない感じがしていました。」
「今、香里は君の内に居ると言うのか?」
「たぶん…、今は気配が感じられませんが、彼女はいまだ成仏できていない筈です。」
「信じられない話だが、そう考えるしかないのだろう。香里が現れたら、私達と話をさせてもらえないだろうか?」
「俺には異存ありませんが、彼女がどうするかは彼女次第です。」
父親ははたして俺の話で納得できたのだろうか?彼がどう考えたかは俺の知る由もない。

「お話はよろしいですか?」
母親の声で滞っていた空気が攪拌された。
「香里は…貴方の名前は聞いていなかったけど、その姿でいる間は香里と呼ばせてね♪…香里はもう少しお部屋で休んでいなさいな。ママはご飯の支度をしていますから。勿論、香里の大好物ばかりを用意しますからね。」
俺は…と言うより、俺の内に居る香里が、一刻も早く父親の前から離れたがっていたようで、俺はせかされるように香里の部屋に戻っていった。

 
「ごめんネ♪あたし、パパが苦手なの。」
部屋に戻ると、香里が再び俺の肉体を支配し始めた。
机に座り、引き出しからスタンドミラーを取り出して俺の前に置いた。少しでも「俺」と会話をしている感じを出したかったのだろう。
俺は鏡の向こう側にいる香里の話を聞く格好になった。
「今のパパはママの再婚相手で、あたしの本当の父親ではないの。普段は威厳のある父親顔してるけど、やはり血の繋がりがない所為か、時々好色なオヤジ顔であたしを見ているの。」
と一方的にだが、彼女の話を聞いてやっていると、食事の準備が終わったのだろう、彼女を呼ぶ母親の声がした。
「はーい。今行くぅ♪」と答えると、鏡越しに「後はよろしくネ。」と彼女は消えてしまった。

 
出てきた料理はどれも美味しかった。香里の肉体になっている所為か、味覚も違って感じているのかも知れない。
嬉々として料理を出して来る母親とは対照的に、父親はテーブルの反対側で苦虫を潰したような顔をしながら、独り手酌でお酒を飲んでいた。
「もう食べられません。お母さんも席についてください。」
「香里ちゃん?ママって呼んでくれないの?」
俺はちらりと父親を見た。彼はプイと視線を背けている。
「マ、ママも座ってよ。ご飯が冷めちゃうでしょ?」
「そ、そうね♪」
とエプロンを外して母親も食べ始めた。
「ねえ、今日は一緒にお風呂入らない?」
見ると父親のギラついた視線が突き刺さってくる。
「え、遠慮させていただきます。姿は香里さんでも、俺は赤の他人ですから。第一、本体は若い男ですよ!!」
「また~、香里ちゃんは変なコト言って。」
「とにかく、ママとは入れません。独りで入らせてください。」
と言うと、彼女の顔が恨めしそうになる。交差点で見た香里の顔と重なるのは流石母娘。
俺はこの顔に弱いようだ。が、流されそうになる前に
「ママも良い加減にしておくんだ。」
との父親の言葉で、事なきを得たようだ。

 

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