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2011年11月 6日 (日)

俺の仕事(前編)

「これ、20部コピーね。」
と書類を渡される。
俺はクリップを外し、コピー機に投入した。ふと時計を見るとお茶の時間が近づいていた。
出来上がったコピーをホチキス止めして課長に渡すと、その足で給湯室に向かった。
課員の湯飲みを並べてお茶を注いでゆく。最近の企業では女の子にもさせていない仕事だ。が、他に能のない俺は雇ってもらえた事に感謝しなければならないのだろう。
「はい。」と結城美保課長の机に湯飲みを置く。
「ああ、ありがとう♪」と声を掛けてくれるのは彼女くらいのものだ。
同期で入社し、既にチーフの肩書きを持つ小田茜は別としても、俺より後輩になる野村陽子までもが俺の事を完全に無視している。
まあこの状況を見ても判る通り、この会社は女性の天下にあり数少ない男性社員の殆どが肩身の狭い思いをしているのだ。

 
「清水君」と課長に呼ばれた。
「お客様が来るので、お茶を持ってきてくれ。その際、A仕様で頼むね♪」
A仕様と聞いて躊躇する。
「それなら野村さんに頼めば…」
「彼女はこれから私と外周りだ。頑張ってね、マコトちゃん♪」
と小田が俺に最後通告を投げかける。
俺は時計を見て残り時間があまりないのを確認すると、机の引き出しから道具一式を取り出しと更衣室に向かった。

 
A仕様というのはここでの隠語で、この会社の事情を知らないお客様を迎える際に、他社との極端な違いを感じさせないように、お茶出しは制服を着た社員が行う事を言う。
その制服は当然のように一般的なOLの格好…ブラウスにタイトスカート…だ。課長が命じたのは、俺がその格好でお茶出しをしろとの事だ。

入社した当初は茜に代わってもらう事もあったが、即に彼女も自分の仕事に手一杯で、俺も他の男性社員に習いA仕様を受け入れざるを得なかった。
もう何度もやらされている事ではあるが、やはりそのような姿を人前に晒すのには抵抗があるのに違いはない。が、今はそうも言っていられない。更衣室に飛び込み、服を変え、かつらを装着する。靴をパンプスに履き替えて隣の化粧室…女子トイレでメイクを完成させる。
A仕様の時は化粧室の利用が許されていた。というより、A仕様のままでの男子トイレの使用が禁止されている。この会社の男子トイレは応接室のある最上階にしかなく、来客用と兼用のため、お客様を驚かせないための配慮だと言う。
口紅を塗り、仕上げを確認してから最上階に昇りお茶の支度にかかる。マニュアルに従い、茶碗を温め…

コンコンとドアをノックし、
「失礼します。」と女声で声を掛けながら応接室のドアを開けた。
「これなら問題ないんじゃない?」
最初に口を開いたのは茜だった。

応接室にいる筈の客は居らず、課長と茜そして野村さんが顔を揃えていた。
「何なんですか?」と問いかける俺に、
「先ずはお茶を置いてそちらに座りなさいな。」と課長が彼女達の向かい側のソファを指した。
「な♪大丈夫だろう?」と茜が野村さんに耳打ちする。
「そ、そうですね…清水さんなら…」
裏でどんな話が進んでいたのか聞こうとする前に課長が口を開いた。
「ここには内輪の人間しかいないのにもかかわらず、膝を揃えて女性らしく座れているなら問題ないわね。」
俺としてもA仕様の時には特に注意している。どうしたら男と悟られないか、ネットなどで情報収集を欠かさない。
ソファに座る時は深くしないで、端に掛かる程度にして背筋を伸ばす…といった事を実践している。
課長は口調を改めて
「清水君に業務命令です。今夜の接待、陽子ちゃんに代わって出て頂戴。頼んだわよ♪」と言った。

俺は一瞬、何を言われたか理解できなかった。
「あたしも一緒だからちゃんとフォローしてあげるね♪」と茜
「当然です!!」と課長。「陽子ちゃんの都合も聞かずに可愛い後輩を連れて行くなんて約束したのがソモソモなんですからね。」
「まあ、ナンだ…マコトちゃんはあたしの後輩という事で紹介するから、適当に年齢のサバを読んでおいてね♪」
茜は悪びれる素振りもない。

「課長。業務命令って事は…」
「とっても重要なお客様なの。絶対に機嫌を損ねられてはいけないのよ。後輩の女の子を連れて行くと言ったのなら、そのようにしなくちゃいけないの。」
課長の悲壮な顔が、野村さんのすまなそうな顔が…俺の脳裏に焼き付けられる。
「わかりました。」
と俺の口が言葉を発していた。
その直後に猛烈な劣等感にさいなまれたのは言うまでもなかった。

 

 
「これなんかどうかしらね?」
茜の差し入れるモノを手に取る。
俺は近くのブティクの試着室に押し込められていた。接待となれば、それなりの服が必要である。が、女装癖などない俺にはA仕様のOL服以外に女物の服など持っている筈もない。
「経費で落とすから、恥ずかしくない格好にしてきてね♪」と言う事になったのだ。
俺は茜が選んできた服を着て鏡の前に立つ。
「へぇ、綺麗な脚してるのね♪」
茜の視線がミニスカートから覗く太股を這い上ってくる。
「な、何よ。変な目で見ないでくれる?」
A仕様の事があるので、脛毛を始め全身の無駄毛は毎日綺麗にしている。確かにミニスカートを穿いていると女の子の脚にしか見えない。
「けど、胸だけはごまかせないわね♪」
大きく開いた胸元が寂しいのは一目瞭然だった。
ブラウスであれば、胸元を隠せるので、パットと胸元のリボンで十分にごまかす事ができたのだが、私服となるとそうもいかないデザインが多かった。
「シリコンくらい入れておきなさいよ。」
そんな事を言われても、A仕様の為だけにそんな事ができる訳もない。
「これなら良いのではないでしょうか?」と店員が差し出したのは、まんま乳房の形をしたモノだった。
「特殊な成型が施されていますので、境目は殆ど気になりませんよ♪」
そう言われ、更に大きく胸元が開いたワンピースとともに購入が決まってしまった。勿論、特殊パッドを装着して買ったワンピースを着たまま店を出る事になった。

そのまま客先に向かい、挨拶で俺は茜の「後輩女子社員」として紹介された。
簡単な打ち合わせが進ませて接待会場に向かう。客の視線が常に俺の剥き出しになっている「胸の谷間」辺りをうろついているのが判った。
宴席での会話は専ら茜に任せ、俺は客が機嫌を損ねないよう愛想を振り撒き、適当に相槌を打ちながら水割りを作ってやっていた。

 

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