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2011年9月 5日 (月)

EIENN(2/4)

眩しさに私は目を細めた。
それが窓から差し込む朝日である事を即に理解していた。
(目を細める?)
それは、私が新しい肉体を手に入れた事に他ならない。

私はベッドの上で五感を確認した。ここしばらくは機械の世話になっていたため、自らの五感を使うことはなかったのだ。
目を閉じて「音」を聞く。小鳥のさえずり、風が葉を揺らす音…
風は開かれた窓から私の頬を撫であげてゆく。風に乗り、微かに花の香りが届いた。
味覚は後の楽しみとして、ゆっくりと瞼を上げた。
光…そして形。「自分」の目で物を見るなど何年ぶりだろうか?
それも、眼鏡も掛けずに物がはっきりと見えるのだ。

窓の外には木々が生い茂っていた。
開かれた窓にレースのカーテン。窓の両端には洒落た花柄のカーテンが纏められている。
内装も精錬されていたが、どこか少女趣味が垣間見えた。それを象徴するのが、大きな鏡を備えたドレッサーだった。
本体の装飾もさる事ながら、並べられた化粧品…カラフルなマニキュアの列がその事を物語っていた。

私はゆっくりと起き上がり、ドレッサーの鏡に自分を映してみた。
半ば予想していた通り、私の新しい身体は若い女性のものであった。
奴は「面白い事」を求めていた。年老いた男が若い女性の肉体で目覚めた時の反応は、奴の求めたものの一つであろう。
しかし、ある程度の予測がつけば、少なくともパニックに陥ることはない。私は歩く度に揺れるという「胸」の感触を確かめながら、ドレッサーの前の小椅子に腰を降ろした。

新しい自分の顔を確認する。
「どのくらいの付き合いになるか判らないが、ヨロシクな♪」
鏡の中の娘に掛けた言葉は、やはり甲高い女の声だった。
(化粧は追々覚えるとしても、先ずは言葉だな。こんな愛らしい声で男言葉では怪しまれる事間違いなしだろう。)
「コンニチハ♪あたらしい、あ・た・し。」
にっこりと微笑むと、何とか様になったようだ。

今着ているのは寝間着であろう。下着もショーツしか穿いていないようだった。
立ち上がり寝間着を脱ぎ落とすと、鏡には女の裸体が映し出されていた。理想的な体系である。私がもう少し若ければ、即に股間を硬くして彼女を押し倒していただろう。
しかしながら、この年では性欲もままならず、ましてやこの身体では勃つモノもナイのだ。
私はそのままクローゼットに向かい、並べられたドレスの中から適当に一枚を取り出した。ブラジャー、キャミソールと女物の下着を着けてゆく。肌色のストッキングに足を通す。
私の長い人生で見てきた女が服を着る行為を思い出す。まさか、自分がこれらを身に着けるとは思ってもいなかった。
この身体は柔軟性が高く、ドレスの背中に付いたファスナーも難なく閉じる事ができた。同様に腰に巻かれたリボンも背中側で綺麗に結べている。
鏡に姿を映し、変な所がないか確認した。服装に問題はないが、何か物足りない気がした。
化粧だと即に気づく。が、ファンデーションがどうのこうのと話は聞いた事があるが、実際に自分の顔を造る自信は皆無であった。
口紅だけでも…と試しに塗ってみた所、何とからしくなったようだ。

鏡を身ながら、女は化粧以外にも装飾品を身に付けている事を思い出した。
耳に穴は開いていないのでピアスではないようだ。ドレッサーの上の箱にイアリングがあったので付けてみた。
首にネックレスを巻く。それ以上の装飾はもう少しセンスを磨いてからにした方が無難なような気がした。
慣れないハイヒールを履いて室内を歩いてみた。何とか倒れずに歩けそうだ。
クローゼットの脇に並んでいたハンドバックから一つを手に取り、私は外に出ていった。

 

私が向かおうとしていたのは「私」の所だった。
私がこの身体を手に入れた事で、元々の「私」は死んだ事になっている可能性が高い。実際にはどのようになっているかを確かめたかったのだ。

電車を乗り継いで奥多摩にやってきた。ここから先はタクシーを使うしかない。
行き先を指示して凡そ30分。見慣れた研究所の外観を目にする事ができた。
私の記憶にある研究所はもう少し垢抜けていたが、これも私の生き続けた歳月の現れなのだろう。私は「私」が置かれていた部屋の辺りを仰ぎ見ながら、研究所の入り口に向かった。

 

「お嬢さん。ここは関係者以外立ち入り禁止なんですよ。事前にアポがなければ館内に入れる訳にはいかないのです。」
「でも、例外がありますよね?たとえば…」
私は守衛の耳元に口を寄せ、予め決めておいたキーワードを囁いた。
「え?」と守衛が聞き返した。
「他にも幾つか例外があるけど、その全てが必要かしら?」
「い、いえ。とんでもありません。」と敬礼して硬直した守衛は、固まった身体のまま私に入り口を開けてくれた。

エレベータに乗り最上階に向かう。とは言っても四階建てのビルでは即に到着してしまう。「私」の部屋は正面に続く通路の奥にあった。

カチャリ
ドアには鍵は掛かっておらず、何の抵抗もなく部屋に入る事ができた。
確かにそこは見慣れた「私」の居た部屋であった。が、今その部屋には何もなかった。
「私」も「私」の寝ていたベッドも。「私」の身体から管でつながれた様々な機器もが、全て無くなっていた。

「私を探しているのかな?」
不意に男の声がした。
振り向くと、そこに「私」がいた。それは朽ち果てようとしていた「私」ではなく、生気に満ち、老いて干からびかけた肢体ではあるが正常に機能していた。
「あんたが不死を望まなかったおかげでね♪年は取ってはいるが、不死の身体を貰う事ができたんだ。まあ、それと一緒にあんたのものだった莫大な資産も私…俺の自由にすることができるんだ。」
「別に…資産も、その身体にも未練はないわ。勝手に使っていただいて構わないわよ。」
「なら、何でココに戻って来た?」
「単に確認に来ただけよ。」
「本当かね?あんたの才覚が失われた事で、あんたの財閥が破綻していないかを確認したかったんじゃないのか?現に、俺が動き出してからは財閥はまともに機能しなくなったな。既に2~3の中堅企業がネを上げている。」
私は離別した筈の焦燥感に捕らわれていた。
「で、相談なんだが、あんた俺の下で秘書として働かんか?悪いようにはしないぞ♪」

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