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2010年11月24日 (水)

代役(1/2)

暖かな日差しが降り注いでいる。
俺は公園のベンチに腰を降ろし、一息ついていた。

本来なら、今頃は会社のデスクに座り、報告書をまとめているか、上司にその顛末を報告して、毎度の雷を落とされていたに違いない。
しかし、今の「俺」はゆったりと公園のベンチに腰を下ろしているのだ。
今更、焦っても仕方がない。第一、このまま俺が会社に行っても、誰も「俺」だとは認めてくれないだろう。それよりも、ここから電車に乗って会社に向かうなど、今の俺の状況では不可能に近い。
少し動いただけで息が切れるし、この体では無理な運動はまずできそうにない。

なぜなら、今の俺は「妊婦」なのだから…

 

 
そもそも、今朝、駅に向かう途中で苦しそうに蹲っている女性に声を掛けたのがいけなかった。
何故か、その日は目覚めが良く、目覚ましが鳴る前に頭スッキリと起きられていたのだ。そのまま二度寝するには、頭が冴え切っていたので、まだ早いとは思いつつも身支度を整えて家を出ていた。
早起きは三文の得と言われるが、時間に余裕があるせいか、いつもより大らかで気分良く駅への道を歩いていた。
心に余裕ができていた所為か、いつもなら遠巻きに通り過ぎてしまうような事にも興味が湧いてしまった…

「どうしました?」と声を掛けると、
「ぁあっ。」と俺の存在に気付き、顔を上げた。
結構俺好みの顔であると判ると同時に、彼女が妊婦である事も判明した。
「わ、私が見えますか?」と彼女
「大丈夫ですか?」と俺が声を掛けると、ほっとした表情を浮かべた。
「良かった。私が助けを呼んで来るまで、代わってもらえませんか?」
俺は時計を見た。
いつもより一時間以上も早い。それよりも人助け…それも身重の人を助けるのだ。多少遅刻しても、文句は言われまい。
大らかな気持ちのまま、俺は
「良いですよ♪」と言ってやった。
「ありがとうございます。それでは、この先に公園がありますから、そこで待っててくださいね♪」

そう言うと、女はフッと俺の前から姿を消した。
見失ってしまった彼女を探すべく、立ち上がり左右を見たが、彼女の姿はどこにもなかった…

いや、その直後、俺は「彼女」の姿を発見した…鏡の中…ちょうど「俺」が立っている場所に…
俺は「自分」を見下ろしてみた。着ていたのは背広ではなく、ゆったりとしたワンピース…お腹の膨らみを優しく包むマタニティドレスだった。
産まれてくる赤ん坊の為に、ミルクを供給すべく準備を始めている乳房が俺の胸に乗っている。赤ん坊は広い骨盤に守られて、俺の腹の中で眠っているようだ。
彼女が「代わってくれ」と言ったのは、彼女の存在そのものだったようだ。

何れにしろ、このままここに立ちすくんでいる訳にもいかない。通勤時間のこの通りは、かなりの人込みになるし、一分を争うように駆けてくる奴もいる。
そんなのにぶつかったら、お腹の赤ん坊が大変な事になってしまうかも知れない。ここは、彼女が言ったように公園に退避しているのが一番良いようだ。

 
彼女は一向に姿を現さなかった。
通勤時間は終わり、学校に向かう小学生も姿を見せなくなった。
空気が暖かくなると、幼児と散歩にでてきた若いお母さん達が公園に集まってきた。
中には俺と同じように、お腹を膨らませた妊婦も混じっていた。
今の俺は、何の違和感もなく、公園のベンチに座っている事ができた。

 

更に時間が過ぎてゆく。
果たして、彼女は戻って来るのだろうか?
そこで、ふと重大な事に気がついた。今の俺は彼女の姿をしている。つまり、彼女は俺の知っているこの姿で現れる事はないのだ。彼女が現れても、俺が彼女だと気付かない可能性があるのだ。
もし、彼女と「俺」が入れ替わっただけならば「俺」が現れる事で判るが、まったく別の姿をしていたら、俺に判るのだろうか?

そんな心配をしていると…
公園の入り口に黒塗りの高級車が止まった。いかにも「執事」といった風体の男が降り立ち、俺の方に真っ直ぐ歩いてきた。
「奥様。お迎えにあがりました。」
「お、奥様?人違いじゃないのか?それに、俺はこの公園で待っているように言われているんだ。」
端から見たら若い女にしか見えない俺が、自分の事を「俺」と言ってしまった事に気付き、おかしな目で見られたのでは?と、執事の顔を窺った…
が、彼は顔色ひとつ変えずに俺を見下ろしていた。
「奥様がそう仰るのであれば、待つのも構いませんが、やがて涼しくなってまいります。膝掛けをお使いくださいませ。」
と、手品のように取り出した膝掛けを俺に渡すと、スッと控えの位置に下がった。

 

空は茜色に染まっていた。
幼児を連れた一団が公園を去ってから、大分時間が経っていた。街路灯にも明かりが点いていた。
遊具で遊んでいた小学生達も家路につき始めていた。
「大分冷えてきました。そろそろ…」音もなく歩み寄ってきた執事が声を掛けてきた。
これ以上無理を言う訳にもいくまい。俺は
「わかりました。」と言って立ち上がった。
「明日もまた、ここに来て良いですか?」
「もちろんですよ♪」執事は優しく微笑んでいた。

黒塗りの高級車が向かった先は、車にふさわしい豪邸だった。
「お帰りなさいませ。奥様。」本物のメイドが迎えに出てきた。
彼女に手を引かれ、屋敷の中に入っていった。

 

 
「おはようございます♪」
女性の声に起こされ、俺は現状を思い出した。
天蓋付きのベッドに寝ているのだ。こんなベッドが普通に使われている等、知る筈もなかった。(この屋敷自体がもう「普通」ではないのだが…)
夕べは風呂に案内され、体をマッサージされながらウトウトしてしまったのだ。その後、どういう経過を辿ったのかの記憶もない。
いつの間にかスケスケのネグリジェを着せられ、天蓋付きのベッドに寝かされたのだ。もしかしたら、男にお姫様だっこされて運ばれてきたのかも知れない…
「お召し変えを…」とメイドが用意した服を着せてもらう。こんな屋敷であるのだ。俺が妊婦でなければ、どんなドレスを着せられたか、判ったものではない。
ゆったりとしたマタニティに包まれ、食堂に案内された。さすがに朝食は質素なものだった。

執事を先導に、今日も公園にやってきた。
ベンチに座っていると、砂場で遊んでいた女の子の一人がテトテトとやってきた。
「昨日はどこに行っていたの?ココで待っててって言ったのにィ!!」

一瞬、何の事か理解できなくなっていたが、即に俺が今、何故ここにいるかを思い出した。
「君が昨日の…この体のヒトなんだね?」
「あたしが聞いているのは、何で待っててくれなかったかってこと!!」
「それは…」
「まあ、理由を聞いたからって、どうにでもなる訳じゃないけどね♪アナタが元に戻れたのは昨日のうちだけだったのよ。あたしは別に構わないけど、あんたにはあたしの代わりにその子を産んでもらう事になるわね。」
「…」
俺はこの女の子が何を言っているのか、理解できていなかった。
「今度会う時は、また別の姿かも知れないけど、生まれたら顔くらいは見せてね♪」
と言って女の子は俺の視界から消えていた。

「あっ…」
呼び止めようとしたが、女の子の姿はもう、公園のどこにもなかった。
「如何されました?」
どこからともなく、執事が現れ、俺に声を掛けてきた。
俺は執事を見た。
「お、女の子はどっちに行った?」ダメ元で聞いてみた。が…
「女の子ですか?」
「そう、さっきまでココにいた。」
「はて?奥様はこちらにまいりましてからずっとお独りでしたよ。奥様にはどなたも近づけないようにしております。」

執事の答えの全てを理解できる程、俺の頭は落ち着いてはいなかったが、このまま彼女を待っていても無駄である事は判った。

「帰ります」
俺は執事にそう言い、そのまま屋敷に戻っていった。

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