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2010年10月 1日 (金)

「俺」という存在(1/5)

 
「余命、三ヶ月です。」
 
俺は、医者の言葉に耳を疑った。
「な、何があったんですか?」
【癌】と言うキーワードが脳裏に焼き付く。
「癌ではありません。正確に言えば、貴方の肉体が生命活動を停止する事もありません。」
「ど、どう言う事なんですか?」
俺の頭の中は?で渦巻いていた。
「三ヶ月後には、貴方は貴方でなくなってしまう。表面的には貴方は死んだ事になってしまうという事です。」
俺には、医者の言っている意味は何一つ解らなかった。
「まだ、ひと月は普通どおりに暮らせるでしょう。しかし、来月には入院できるよう、準備しておいてください。」
俺は訳の解らないまま、病院を後にした。

 
それは、会社の健康診断で、血液検査が要再検査となった事に始まる。まだメタボではないとは思っていたが、コレステロールとかで引っ掛かったかと、軽い気持ちで指定医の所に行ってきたのだ。
そこでは、単に採血するだけかと思ったら、CTスキャンを始め、見た事のない機械に掛けられ、挙げ句の果てに、余命三ヶ月が告げられたのだ。
自覚症状は何もない。強いて言えば、最近疲れ易くなった位だ。それとて、命に関わるものではない筈だ。
いや、医者は命には関わらないと言っていたか?
俺が死んだ事にされてしまうとか言っていたが…
まあ、俺の頭ではそれ以上の事を考えられる訳でもない。

うだうだ考えているうちに、会社に辿り着いてしまった。
席に着こうとした所で課長に呼び止められた。部長の所へ行けと言う。
部長は俺を連れて医務室に向かった。

 
医務室の奥には応接セットがあり、部長と担当の女医が並んで座っていた。その向かい側に座らされる。
「加藤郁夫君。病院から連絡があった。辛いだろうが、あと一ヶ月で業務を引き継ぎ、休職してもらう事になる。まあ、有給休暇も残っているようだから、ゆっくりと温泉に…」
そう言う部長の脇を女医が肘で突っついていた。
「ぁあ、そうだった。旅行は控えた方が良いのだったね。三ヶ月後には退職金と死亡保険金も入るから、その時になってからゆっくり考えれば良い。」
「た、退職金ですか?」
「ああ、君は一旦死んだ事になるから、会社としても退職金を払わざるをえないんだよ。もっとも、それ以降も同じ職場で働きたければ、融通する事…」
「部長!!それ以上の事を彼に告げる事は認められていません。」
と再び部長の言葉が女医によって遮られた。
「こ、細かい事は担当医の賀茂君から聞いてくれ。私は仕事が残っているので、これで失礼させてもらうよ。」
と、部長は腫れ物から遠ざかるように立ち去っていった。

残された俺は女医と向き合った。
「加藤さんは、この病気についてどこまでご存じですか?」
と賀茂医師が口を開いた。
「ご存じですかと聞かれても、余命三ヶ月と言われただけで、病名すら教えてもらっていないんですよ。癌ではないと言うことと、本当に死ぬ訳ではないと言うこと位しか聞いてませんよ!!」
「そうですか。では、一つだけは忘れないでいておいてください。部長が何か言っていましたが、三ヶ月後には貴方=加藤郁夫という人物は死ぬ事になるのです。これはもう、変更の効かない事項なのです。」
「は、はぁ…」と俺はため息をつくしかなかった。
実際、こんなにもピンピンしている俺が、余命三ヶ月の病人であるとは、思いようもないのである。
「来週あたりから、徐々に変化が現れてきます。不安に思う事があったら、先ず私に相談に来てください。同僚や、特に部長さんに相談しても、余計に困惑するだけですから。」
「ちなみに、どんな変化があるのですか?」
「すみません。それを言うことはできないのです。ご自身で気付かれることが重要なのです。」
「そいいうモノなんですか…」
少しも納得できないが、これ以上粘っても何も出てくるものはない事も解っている。
「それでは職場に戻って結構です。部長の言った温泉旅行は無理ですが有給休暇をしっかり取る為にも、早めに引き継ぎを終わらせておいた方が良いわね♪」

 

俺は三ヶ月後に死ぬらしい。
実感は沸かないが、一ヶ月後に入院する為に業務の引き継ぎに追われた。
慣れない事をしている所為か、疲れはどんどん溜まってゆく。食欲も減退し、朝食もしばしば抜いてしまっていた。しかし、食事は摂っていないのに、なぜか太り始めているようだった。体全体に贅肉が付いていた。
筋肉質でパンパンだった手足の皮膚がプヨプヨと波打つようだ。胸のまわりにも贅肉が付き、摘みあげることもできる程になっていた。陥没していた乳首もプックリと膨れあがり、まるで膨らみかけの少女の胸のようである。
胸毛や脛毛も淡くなってきていた。ここ数日、髭をあたっても剃れているような気がしないのだ。
(おかしい?)
別に肉体は不調を訴えている訳ではない。賀茂医師に相談する程ではない。が…

更に数日が過ぎた。
引き継ぎは順調である。入院前の一週間は有給休暇を使う事で話が進んでいる。
課長が壮行会を企画した。「送別会」だと「今生の別れ」みたいで湿っぽくなるからと「壮行会」としたそうだ。課長をはじめ、課員達の誰もが、あと二ヶ月少々で俺が死ぬ事になっているとは知らない筈だった。
部長とも話をして、引き継ぎの理由は「一時的に社外に出向する事になった」としていた。
「極秘プロジェクトらしいので、詳しい事は行ってから聞かされるんだ。」
と、課員達の質問から避けることもできた。

壮行会は二次会に突入していた。
「ねぇ、加藤君て前から二重だった?」
隣に座った女の子…確か相良さんだっけ…がそんな事を聞いてきた。
「そう?あまり気にした事ないから判らないよ。」
「そうよね。男の人って髭を剃る時くらいしか鏡を見てないかもね♪」
言われてから、確かに髭を剃らなくてよくなってからは、じっくりと鏡を見ていなかった事に気付いた。
「最近の加藤君て、お肌も綺麗になったんじゃない?お化粧したら映えるかも♪」
そう言われ、俺の目は彼女の唇に吸い付いていた。テラテラと輝く赤い口紅…俺が塗るなら、もう少しピンク系が良いかな?

 
宴会は終わり、独り自宅に向かっていた。
電車を降り、改札を抜けると駅ビルのショーウィンドウが連なっている。既に店は閉まっているが、ショーウィンドウの中は煌々と照らされていた。
いつもは気にした事もなかったのだが、ショーウィンドウの中に化粧品が飾られているのを見て、足を止めてしまっていた。
(俺はあの時、何を思っていたのか?)
二次会でのワンシーンを思い出す。男の俺が化粧に興味を持つ筈がない。ましてや、自分の口に口紅を塗る筈もない。それが似合うかどうかなど、何を血迷ったのだろう…

俺は足を動かし始めた。が、俺の視線はいつもと違い、ショーウィンドウの中に注がれていた。
そして、再び俺の足が止まった。
そこに飾られていたのは純白のウェディングドレスだった。
「良いなァ…」
と、俺は呟いていた。
そして、次の瞬間、俺はガラスから体を突き離し、一目散に家に逃げ帰っていた。

(俺は何を思っていた?
 綺麗なウェディングドレスだった。
 あんなドレスで結婚式があげられれば…
 バージンロードを歩いて行く…
 誰が?
 俺の妻となる女性?

 ちがう!!

 確かに思い描いた場面は結婚式だ。
 しかし、バージンロードを歩いていたのは…
 あのドレスを着ていたのは…
 …俺自身…

 だった????)

 

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