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2010年10月 9日 (土)

ザ・パワードスーツ(装甲強化服)-その3-

中央公園では陸上競技会が開かれていた。
モンスターはそこにも現れた。

競技会とあって、公園には普段以上の人々が集まっていた。
逃げ惑う人々を競技会の役員や選手達が誘導してゆく。
トラック競技に参加していた天野翔も先頭を切って誘導を続けた。先陣が安全圏に逃れると、取って返して第二陣、第三陣と誘導した。
その間にも、モンスター退治の人達が現れた。
人達と言っても、仮面を付けた女性が二人だけである。(それも二人目は最近増えたばかりだ)
特殊な火器で牽制しながら、もう一人が長剣でモンスターに傷を負わせてゆく。モンスターが現れだした当初は、警官も銃を打っていたが、一般的な武器が一切通用しない事が判ると、彼女達が現れるまで逃げ惑っているしかしなくなっていた。

大勢の誘導は、落ち着きを取り戻した警官達に任せ、翔は公園の中に逃げ遅れた客がいないかと駆け巡っていた。
木陰に小学生くらいの女の子が二人いた。姉妹なのだろうか、泣きじゃくる小さい子を、もう一人が必死になだめていた。
「どうした?」
翔が声をかけると
「ママとはぐれてしまったの。それでミカ…この子が泣き出しちゃって…」
姉の方がそう答えた。
「いつまでもここにいると危ない。とにかく、離れるんだ。」
「でも、ここにいないとママが…」
「片が付いたら戻って来れば良い。行くよ!!」
と翔は妹を抱え、公園の出口に向かった。

 

「捕縛魔砲!!」
女性の叫びが聞こえた。
「外れっ!!しっかり狙ってよね!!」
ともう一人の声。
その間にも、モンスターは位置を変え、あろうことか翔達の向かった先に進んでいた。

 
「なっ!!」
突然、翔の目の前にモンスターが現れた。
触手が振り下ろされてくる。
翔は抱えていた妹を姉に預けると同時に、脇の茂みに向かって二人を突き飛ばした。翔は囮になるようモンスターの視界から外れることなく、触手から逃げるようダッシュした。
二度、三度と触手を躱したが、一気に伸びてきた触手に足を絡め取られた。
翔は大きく態勢を崩した。足首が過負荷に悲鳴をあげる。ブチリと異様な音を翔の耳が捉えていた。
次の瞬間、翔の体が宙空に振り上げられる。翔は自らの足から感覚が遠退くのを感じていた。

「捕縛魔砲!!」
再び発射された弾丸は、今度こそ確実にモンスターを捉えていた。

翔の足から触手が離れる。翔の体が宙に舞い上がるのと入れ替わりに、女戦士の長剣が、モンスターを真っ二つに切り裂いていった。
落ちてくる翔を、もう一人の女戦士が抱き止めた。
「うっ、あ~~~っ!!」
翔は苦痛に叫び声をあげていた。

「この足は…」
無残にも翔の足は、足首から先が力なくぶら下がっているだけだった。
「たとえ、手術が巧くいったとしても、二度と走る事はできないだろうな。」
長剣を納めた女戦士は、翔を一瞥すると姉妹が飛ばされた茂みに向かった。
「もう大丈夫よ。」
と二人を立ち上がらせた。
「ミカ~、マイ~!!」
公園の入り口から、姉妹の母親らしき女性が駆け寄ってきた。
「この子達は大丈夫ね。問題は…」
長剣の女戦士は、翔を抱いているもう一人の女戦士を振り返った。
「とりあえず、連れて帰りましょう。専門家に診てもらわなければ、何もできないわよ。」

こうして、翔は二人の女戦士と伴に、中央公園から姿を消していた。

 

 

「貴方の足は、もう走る事はできません。競技者としてグラウンドに立つ事は不可能です。」
翔は医師から改めて再起不能を宣告された。が、医師はこう続けた…
「ただ、貴方が走る事を補助する技術を我々は持っています。貴方にその意志があれば、我々はその技術を貴方に提供する準備があります。」
どんよりと曇っていた翔の顔に、一瞬で生気が戻ってきた。
「その意志…って、僕は何をすれば良いのですか?」
「我々がモンスターと戦っている事は判っているね。君にこの世界の平和を守る意志があるのであれば、彼女等と伴にモンスターと戦ってもらいたい。我々の提供する装甲強化服をまとい、第三の女戦士となってもらえないだろうか?」

「走れる」その一言が翔の頭の中を埋め尽くしていた。そんな彼が、医師の台詞にあった重要なキーワードを聞き逃していた事など、誰も責められないだろう。
「やります!!」
と即答した翔に、医師は装甲強化服の説明を続けていった。

そして、手渡された黒い全身タイツ様のものを身に着け、翔は電磁溶液のプールに身を沈めていった。

 

「電磁溶液の充填は完了した。システムを起動するからこちらに来てくれ。」
痛めた足を引きずり、翔は医師の前に立った。
「システムが起動されれば、切断された筋肉が補完され、君の足は元通り…いや、それ以上のパワーと持久力を得ることができる。少し痛みを伴うかも知れないが、良いかね?」
翔はYESとばかり、大きく首を縦に振った。
「ではいくよ。」
システムが起動される。痛みは足ばかりではなく、全身を締めあげてきた。
翔は痛みを堪え、その場に立ち続けた。

 
「起動は完了した。戦闘時はマックスまでパワーを上げるが、今は最小限に抑えてある。足は動かせるかね?」
全身の痛みが引くとともに、足の痛みも消えていた。
翔はゆっくりと一歩を踏み出した…
「スゴイ!!痛みが何も感じられない♪」
そう言った翔は自らの声がいつもと違っているのに気が付いた。
「フェイスプレートで喋れなくなっているから、発声装置を動作させているんだ。こちらに鏡がある。見てみないかね?」
鏡に向かって数歩あるいただけだが、翔は持ち前の運動神経で即にバランス良くあるけるようになっていた。
そして、鏡の前に立った…

そこには、仮面を付けた女戦士が、真裸で立っている姿が写っていた。
「こ、これがボク…ですか?」
「戦闘時は放熱板が展開されて、あのようなコスチュームとなるのだが、平時は普通の女性と変わりがない。彼女達も普通に服を着て生活している。」
「…」
「勿論、装甲強化服を脱げば元の姿に戻れるのだが、君の場合、足の問題があるから、そうそう脱ぐ事もできないだろう。そこらへんの不便は我々でバックアップしてあげるから問題ないよ。」
「ボ、ボクはこの先ずっと女の格好をしていなければならないのか?!」
「装甲強化服がなくても歩けるようになるまではね。大丈夫、君はまだ若いから、即に慣れるよ。」
「女として生活することに慣れたくはありません!!」
「いや、若いから傷も早く治るよと言いたかったんだ。」
「…」
「それより、いつまでも裸でいる訳にもいくまい。第一、我々も目のやり場に困る。」
「ボ、ボクは男です。そんな目で見ないでください。」
「わ、悪かった。服はこの中に入っているから…」

 

着替えの終わった翔は、どこかの女子高生と言ってもおかしくはなかった。
「なんですか?この制服っぽい服は?!」
「すまんが、制作者の趣味なんだ。我慢してもらえないだろうか?」
「もしかして、ボクが少し走ってみたいと言うと、ブルマとかが出てくるんじゃないですか?」
「おお、良く判ったね♪」
「…付き合いきれませんね。」
「そう言わずに…、そうだ、平時はフェイスプレートは外せるからね。普通に呼吸したり、飲み食いも可能になる。が、発声装置が生きているから、不用意に喋ると男声と女声が同時に出てみっともないからな。細かい事は先輩達に教えてもらいなさい。」

「ハーイ♪」と声が掛かった。
振り向くと二人の女戦士がそこに立っていた。見慣れたコスチュームではなく、普通の格好をしていた。
もちろん仮面=フェイスプレートを外し、素顔を曝している。
「よろしくね♪あたしはアリス。こっちはイブよ。」
「君の名前はウェンディだ。」
「あリス、いブ、うェンディ…、四人目はえリザベスですか?」
「なかなか鋭いね。四人目が現れるかはまだ判らないよ。」

「お喋りはその位にしておきましょうね♪ウェンディもフェイスプレートを外して楽になりましょう。」
アリスが割って入った。
アリスの手が翔=ウェンディの顔に伸びると、パカリとフェイスプレートを外した。
「あら?」
とイブ
「これなら、お化粧もいらないかも♪」
翔自身、自分の童顔にはコンプレックスを抱いていたが、首から下が女性の姿になっている事もあり、彼=彼女の顔は女性としての違和感が全くなかった。
「それでも口紅だけはしておきましょうね♪」
とのアリスの指示に従い、イブが桜色のグロスをウェンディの唇に塗った。
「「これがボク?」」
鏡に映っていたのは、どこから見ても「女の子」だった。
「声だけは気をつけてね。男の声を出さないように練習しなくちゃね♪」
「それまでは、人前で声を出さないようにね。」
後ろから鏡に割り込んできた美女達に圧倒されていた翔だったが、
「「今、口を開けないで喋ってました?」」
と、その違和感を口にしていた。
「わたし達も発声装置で喋っているのよ♪」
「って言う事は…」
「「俺達も中身は男だという事だ。」」

「「ははは…」」
翔は乾いた笑いをあげるしかなかった…

 

 

「いったわよ!!」
長剣の女戦士が三人目に声をかける。
「任せて♪」
華麗なフットワークでモンスターの行く手に回り込んだのは、双剣の女戦士=ウェンディだった。
「はあーーっ!!」
高々と跳びあがった。フェアリーダストが彼女の軌跡に散りばめられる。モンスターの脳天に二本の剣が振り下ろされた。
重力に従い、地面に向かう。彼女の手に握られた双剣は、そのままモンスターを三分割してゆく。
地面に辿り着く直前で反転し、綺麗に着地したウェンディの背後で、モンスターはゆっくりと倒れていった。
「任務終了。撤収するわよ♪」
長剣の女戦士=アリスの宣言でウェンディの初陣は成功裏に終わった。

 

 

ターン!!
青空の下、貸し切りとなった競技場で、イブがピストルでスタートの合図を送る。
ウェンディ=翔は、白線の引かれたトラックを、気持ち良く駆け抜けていった…

ザ・パワードスーツ(装甲強化服)-その3の裏- 

「足の具合はどう?」
ゴールラインを切ったウェンディにアリスがスポーツタオルを手渡しながら言った。
「怪我をする前より、調子が良いです。肉体のバランスの変化を補って余りあるポテンシャルを持っていますね。」
「それは、訓練すれば、更にバワーを引き出せると言う事?」
「装甲強化服はあくまでも装着者のパワーをアシストするだけです。しかし、その過程で装着者の潜在力を引き出し易くしてくれるのです。つまり、装甲強化服を着てトレーニングすると、着ないでするより効率良く肉体強化を行えるのです。」
「それはあたし達にも言える事なのね。訓練してパワーアップできるとなると、マスマス男に戻れなくなってしまうわね♪」
「い、いえ。皆さんにはそれなりのスキルがありますから、特に訓練なんか必要ありませんよ。ボクなんか、走るしか能がないんですもの。」
「そうねェ~。貴女にはイロイロと覚えてもらわないといけない事もあるし。特に貴女の場合、怪我の事があるから、この先も女の子で生活し続けなければならないものね♪」
「…って、今夜も特訓ですか?」

翔=ウェンディが一歩引いたのには訳があった。
夜の「特別訓練」とは、彼女の「女を磨く」…とは名ばかりで、翔は先輩二人に良いように弄ばれるのだ。勿論、それは性的な快楽を伴うものであり、思い出しただけで、翔は顔を赤めると伴に、股間に僅かではあるが染み出てくるモノを感じていた。
「シ、シャワー…浴びてきます。」
翔は逃げる様にして二人の前を辞した。

 

 
装甲強化服の「装甲」はピタリと肌に張り付いた一枚の布である。マックスパワーでは鋼鉄よりも固く、衝撃を吸収するプロテクターともなる。が、平時は殆ど皮膚と同化し、女の柔肌そのものとなる。
運動すれば、汗もかく。パワーアシストの効果で、多少の運動では汗もかかないが、訓練で全力を出し切れば、それなりの汗をかくのだ。
汗に濡れた体操服とブルマを脱ぐ。先輩方程ではないが、それなりに膨らんだ胸を抑えてくれるスポーツブラ、ショーツも脱いでシャワーの下に立った。
身体が暑いのは、訓練で全力を出し切ったためだけではなかった。アリス先輩の言葉に肉体が反応してしまうのだ。
翔は胸を洗っていた手を止め、股間に伸ばしていった。そこは、電磁溶液の充填/排出をおこなうアタッチメントとなっており、鋭敏なセンサーが集中しているらしい。
先ずはそこを清潔にしなければならない。と、そしてここが装甲強化服の弱点であるから充分に鍛えなければならない。と、
夜の特別訓練では、先輩達にそこが重点的に攻められるのだ。

が、与えられる刺激は「快感」として翔の脳を揺さぶる。いつしか、本物の女が秘部を責められ性的な快感を享受しているのと同じように、自らの女体を悶えさせ、悦楽の喘ぎを口にしていた。

ビクリ!!

刺激が背筋を昇ってくる。
汗と、汗以外の体液に汚された所を清潔に保つために伸ばした手の指先が、鋭敏なセンサーに触れたのだ。
「あん、ああん♪」
シャワールームの鏡の中でウェンディが愛らしく悶えていた。
(これがボクなのか?)
先輩達のような成熟したオトナの魅力には程遠いが、初々しさが男心を刺激する…
(こんな娘が彼女だったら…)
と思う一瞬後に、その娘が自分自身であると思い出す。

この先も、この姿のままとなる…
「女」のフリをして、「女」としての幸せを求めてゆくしかないのだろうか?
「女」の幸せ?って、結婚とか…この娘にウェディングドレスを着せたら、なかり可愛らしい「お嫁さん」になることだろう。
しかし、彼女の隣に立っているのはボクではない。ボクより背が高く、逞しく、ハンサムな青年に違いない。
ウェディングドレスに包まれたボクが見上げると、優しく肩を抱き寄せる。ゆっくりと、その顔が近づいてくる。ボクは瞼を閉じて、彼の行為を待つ…

(って、ボクは何を考えているんだ!!)
と気を取り直そうとするが…
「あん♪ああ~ん!!」
と、股間に置いていた指が、アタッチメントの奥に滑り込み、そこかしこを刺激してまわった。
あまりの快感にガクガクと膝が崩れ、シャワーの降りしきる床の上に座り込んでしまった。

(ボクが男性に抱かれるの?)
壁にもたれた背中がずるずると滑り落ちる。仰向けになり、膝を立てた格好になった。
まるで、女性が「男」を迎え入れるみたい…

翔の脳裏に、再びあの男が現れていた。
裸の上半身が見えた。翔に覆い被さるように伸し掛かってくる。視線をずらすと腰から下も見えた。
下半身も裸であった。彼の股間には勃起したペニス…翔自身のモノよりも二回り以上もあった…が、股の間に圧し付けられていた。

スルリッ!!

彼が腰を振ると、ペニスは翔のナカへと潜り込んできた。
「あん、ああん♪」
そこから、甘美な刺激が広がってくる。彼が腰を揺らす度に快感がもたらされる。
「ああん、あん、あん♪」
彼が腰を振るリズムに合わせて翔も喘ぎ声を漏らしていった。

「ああん♪イクぅ、イッちゃう~~!!」
翔は彼に抱かれている妄想に取り込まれていた。彼のペニスと思い込んでいるのは、自らの指であった。激しく挿抜を繰り返し、翔自身を絶頂に導こうとしていた。
そして…

「あっ、あ、ああーーー!!」
シャワールームの中、翔は嬌声を張り上げて達していた。

そして我に返る。
(ボ、ボクは何をしていたのだろうか?)
バスタオルで体を拭きながら現れた翔は
「随分、長く浴びていたわね♪」
「ナニをシていたのかしらね♪」
と先輩達から、からかいの言葉を浴びせられ、更に全身を火照らせるのだった。

 

 

「本物が欲しくなったのかしら?」
ベッドの上で喘ぐ翔にアリスが声を掛けた。
翔のアタッチメントに挿入されているのは、片側をアリスの股間に填められた双頭のバイブレーターだった。
妄想の中ではあったが、「男」に抱かれて女としての快感に目覚めてしまったのか、翔の反応が今イチなのだ。
「イブちゃん♪準備してくれないかしら?」
「良いの?勝手に決めちゃって。」
「ウェンディの為なのよ。彼女には早く一人前になってもらいたいの♪」
「ワタシは責任取れないからね!!」
とイブは別室に向かった。そこに設置された装置が作動し始める音が響いてくる。
「しばらく掛かるから、それまではコレで我慢してね♪」
アリスは別のバイブレータを翔のアタッチメントに挿入した。

「ああん、あ~ん♪」
スイッチが入るなり、翔は喘ぎ、悶える。
が、
「やはり…ね…」
アリスは、昇り切れない翔の傍らで愛撫を続けながら、その時が来るのを待っていた。

 

 
「お待たせ。」
と男が入ってきた。
「装甲強化服を脱ぐのも久しぶりだから、何か落ち着かないな♪」
「余計なモノがぶら下がっているからね♪でも、今はソレが必要なんですからね。」
「判ってるわ。コレでウェンディちゃんに本物のオトコを教えるんでしょ?」
「判ってるなら、もう少し男っぽく喋ってもらえないかしら?」
「か、関係ナイだろ?始めるから、そこをどいてくれないか?」
と、アリスに替わりウェンディの上に覆い被さってゆく。
「コレが本物のオトコだよ♪」
翔のナカに、彼のペニスが潜り込んでいった…

 

 
「今日はイブがいないから、持久戦ね!!」
長剣をキラめかせてアリスが斬り掛かってゆく。
「ボクは大丈夫ですよ。」
高々と跳躍するウェンディ。まるで羽が生えているかのように、宙空から舞い降りながら、双剣でモンスターを切り割いてゆく。
「ボクがこいつを倒したら、今度は大神さんに抱いてもらいたいな♪」
「慢心はダメよ!!今はモンスターに集中して!!」
「じゃあ、約束ね♪」
とウェンディはダッシュすると、モンスターの体を文字通り駆け上っていった。

「はあーーーっ!!!!」
双剣を構えると左右から袈裟掛けに振り下ろす。クロスした腕が反転すると逆さに切り上げ、再び振り下ろされる。
凄まじいスピードで刃がモンスターを切り刻んでゆく。

タンッ!!

バク宙して降り立ったウェンディの背後で、モンスターの残骸が塵となって消えていった。
「アリスさん♪ヤクソクですよ♪♪」

その日のウェンディは神々しく輝いていた。

2010年10月 1日 (金)

「俺」という存在(1/5)

 
「余命、三ヶ月です。」
 
俺は、医者の言葉に耳を疑った。
「な、何があったんですか?」
【癌】と言うキーワードが脳裏に焼き付く。
「癌ではありません。正確に言えば、貴方の肉体が生命活動を停止する事もありません。」
「ど、どう言う事なんですか?」
俺の頭の中は?で渦巻いていた。
「三ヶ月後には、貴方は貴方でなくなってしまう。表面的には貴方は死んだ事になってしまうという事です。」
俺には、医者の言っている意味は何一つ解らなかった。
「まだ、ひと月は普通どおりに暮らせるでしょう。しかし、来月には入院できるよう、準備しておいてください。」
俺は訳の解らないまま、病院を後にした。

 
それは、会社の健康診断で、血液検査が要再検査となった事に始まる。まだメタボではないとは思っていたが、コレステロールとかで引っ掛かったかと、軽い気持ちで指定医の所に行ってきたのだ。
そこでは、単に採血するだけかと思ったら、CTスキャンを始め、見た事のない機械に掛けられ、挙げ句の果てに、余命三ヶ月が告げられたのだ。
自覚症状は何もない。強いて言えば、最近疲れ易くなった位だ。それとて、命に関わるものではない筈だ。
いや、医者は命には関わらないと言っていたか?
俺が死んだ事にされてしまうとか言っていたが…
まあ、俺の頭ではそれ以上の事を考えられる訳でもない。

うだうだ考えているうちに、会社に辿り着いてしまった。
席に着こうとした所で課長に呼び止められた。部長の所へ行けと言う。
部長は俺を連れて医務室に向かった。

 
医務室の奥には応接セットがあり、部長と担当の女医が並んで座っていた。その向かい側に座らされる。
「加藤郁夫君。病院から連絡があった。辛いだろうが、あと一ヶ月で業務を引き継ぎ、休職してもらう事になる。まあ、有給休暇も残っているようだから、ゆっくりと温泉に…」
そう言う部長の脇を女医が肘で突っついていた。
「ぁあ、そうだった。旅行は控えた方が良いのだったね。三ヶ月後には退職金と死亡保険金も入るから、その時になってからゆっくり考えれば良い。」
「た、退職金ですか?」
「ああ、君は一旦死んだ事になるから、会社としても退職金を払わざるをえないんだよ。もっとも、それ以降も同じ職場で働きたければ、融通する事…」
「部長!!それ以上の事を彼に告げる事は認められていません。」
と再び部長の言葉が女医によって遮られた。
「こ、細かい事は担当医の賀茂君から聞いてくれ。私は仕事が残っているので、これで失礼させてもらうよ。」
と、部長は腫れ物から遠ざかるように立ち去っていった。

残された俺は女医と向き合った。
「加藤さんは、この病気についてどこまでご存じですか?」
と賀茂医師が口を開いた。
「ご存じですかと聞かれても、余命三ヶ月と言われただけで、病名すら教えてもらっていないんですよ。癌ではないと言うことと、本当に死ぬ訳ではないと言うこと位しか聞いてませんよ!!」
「そうですか。では、一つだけは忘れないでいておいてください。部長が何か言っていましたが、三ヶ月後には貴方=加藤郁夫という人物は死ぬ事になるのです。これはもう、変更の効かない事項なのです。」
「は、はぁ…」と俺はため息をつくしかなかった。
実際、こんなにもピンピンしている俺が、余命三ヶ月の病人であるとは、思いようもないのである。
「来週あたりから、徐々に変化が現れてきます。不安に思う事があったら、先ず私に相談に来てください。同僚や、特に部長さんに相談しても、余計に困惑するだけですから。」
「ちなみに、どんな変化があるのですか?」
「すみません。それを言うことはできないのです。ご自身で気付かれることが重要なのです。」
「そいいうモノなんですか…」
少しも納得できないが、これ以上粘っても何も出てくるものはない事も解っている。
「それでは職場に戻って結構です。部長の言った温泉旅行は無理ですが有給休暇をしっかり取る為にも、早めに引き継ぎを終わらせておいた方が良いわね♪」

 

俺は三ヶ月後に死ぬらしい。
実感は沸かないが、一ヶ月後に入院する為に業務の引き継ぎに追われた。
慣れない事をしている所為か、疲れはどんどん溜まってゆく。食欲も減退し、朝食もしばしば抜いてしまっていた。しかし、食事は摂っていないのに、なぜか太り始めているようだった。体全体に贅肉が付いていた。
筋肉質でパンパンだった手足の皮膚がプヨプヨと波打つようだ。胸のまわりにも贅肉が付き、摘みあげることもできる程になっていた。陥没していた乳首もプックリと膨れあがり、まるで膨らみかけの少女の胸のようである。
胸毛や脛毛も淡くなってきていた。ここ数日、髭をあたっても剃れているような気がしないのだ。
(おかしい?)
別に肉体は不調を訴えている訳ではない。賀茂医師に相談する程ではない。が…

更に数日が過ぎた。
引き継ぎは順調である。入院前の一週間は有給休暇を使う事で話が進んでいる。
課長が壮行会を企画した。「送別会」だと「今生の別れ」みたいで湿っぽくなるからと「壮行会」としたそうだ。課長をはじめ、課員達の誰もが、あと二ヶ月少々で俺が死ぬ事になっているとは知らない筈だった。
部長とも話をして、引き継ぎの理由は「一時的に社外に出向する事になった」としていた。
「極秘プロジェクトらしいので、詳しい事は行ってから聞かされるんだ。」
と、課員達の質問から避けることもできた。

壮行会は二次会に突入していた。
「ねぇ、加藤君て前から二重だった?」
隣に座った女の子…確か相良さんだっけ…がそんな事を聞いてきた。
「そう?あまり気にした事ないから判らないよ。」
「そうよね。男の人って髭を剃る時くらいしか鏡を見てないかもね♪」
言われてから、確かに髭を剃らなくてよくなってからは、じっくりと鏡を見ていなかった事に気付いた。
「最近の加藤君て、お肌も綺麗になったんじゃない?お化粧したら映えるかも♪」
そう言われ、俺の目は彼女の唇に吸い付いていた。テラテラと輝く赤い口紅…俺が塗るなら、もう少しピンク系が良いかな?

 
宴会は終わり、独り自宅に向かっていた。
電車を降り、改札を抜けると駅ビルのショーウィンドウが連なっている。既に店は閉まっているが、ショーウィンドウの中は煌々と照らされていた。
いつもは気にした事もなかったのだが、ショーウィンドウの中に化粧品が飾られているのを見て、足を止めてしまっていた。
(俺はあの時、何を思っていたのか?)
二次会でのワンシーンを思い出す。男の俺が化粧に興味を持つ筈がない。ましてや、自分の口に口紅を塗る筈もない。それが似合うかどうかなど、何を血迷ったのだろう…

俺は足を動かし始めた。が、俺の視線はいつもと違い、ショーウィンドウの中に注がれていた。
そして、再び俺の足が止まった。
そこに飾られていたのは純白のウェディングドレスだった。
「良いなァ…」
と、俺は呟いていた。
そして、次の瞬間、俺はガラスから体を突き離し、一目散に家に逃げ帰っていた。

(俺は何を思っていた?
 綺麗なウェディングドレスだった。
 あんなドレスで結婚式があげられれば…
 バージンロードを歩いて行く…
 誰が?
 俺の妻となる女性?

 ちがう!!

 確かに思い描いた場面は結婚式だ。
 しかし、バージンロードを歩いていたのは…
 あのドレスを着ていたのは…
 …俺自身…

 だった????)

 

「俺」という存在(2/5)

 
「お早う…」
翌朝、皆に挨拶してタイムカードを打刻するなり、俺は医務室に向かった。
「どんな具合?何か変化があったの?」
女医は俺を奥の部屋に導いた。
が、聞かれても、何と説明すれば良いのか途方にくれてしまった。
とにかく、昨夜のイメージを伝える。
「お、俺は頭がどうにかなってしまったのだろうか? 昨夜の俺は、女みたいに化粧をしてみたいだとか、ウェディングドレスを着たいだとかを心の奥で願っているような事を考えていたんだ。いや、決して自分からそう思ったりはしていない。気が付くと、ふとそんな事を思ってる自分がいるんだ。」
「大丈夫。それは、この病気の症状の一つだから心配する事はないわ。気になるのなら、それを肯定する…受け入れてしまうと楽になるわよ♪」
「受け入れる?」
「そう。お化粧したいと思っている自分が不安なら、お化粧してあげるの。大丈夫。それだけで不安は解消されるわ。」
「化粧をする?俺が?」
「抵抗があるのなら、自分が女の子だと思ってみれば良いわ。ちょっと目を閉じていて。」
カチャカチャと音がした。俺の顔全体に何かが塗り込まれた。目の周りを描かれ、頬や額が刷毛で撫でられる。
唇に何かが塗られた。
「目を開けて良いわよ。」

俺の前に鏡が置かれていた。
そこに写っていたのは「女」の顔だった。
(これは、俺ではない。これは、俺の顔ではない。俺は…)

 

俺は俺の記憶が途絶えていた事に気付いた。
いつの間にか、俺は自宅に戻っていた。時間は既に夜中の10時を回っていた。
机の上に鏡が置かれ、その前にいくつかの化粧品が並べられていた。
「これは、俺が買ってきたものなのか?」
レシートとクレジット払いの控えがあった。買っていたのは化粧品だけではなかった。化粧品以外の商品名のあるレシートを手に、部屋の中を見渡した。
ベッドの上にレシートに刻まれた店の手提げ袋が積まれていた。中身は…考えるだけで滅入ってしまう。
「受け入れてしまえば楽になるわよ…」
女医の言葉が頭の中に響いている。

鏡に俺の顔が写っていた。化粧をしていない素面の「俺」…
目の端に口紅のスティックがあった。昨夜、女の子の唇を見て思った…ピンク系の口紅だ。
鏡の中の俺の唇にスティックの先端が近づいていった。俺の唇に何かが触れた。その正体が何であるかは、ちゃんと鏡に写っている。
それは、唇に触れたまま左右に動き、俺の唇をピンクに染めていった。
その行為を行っているのは、信じられない事に、俺自身の手であった。

鏡に写る「俺」の顔…
確かにピンクの唇はしっくりくる。ファンデでお肌の色を整えれば、いっそう引き立つ筈だ。

…って、俺は何を考えているんだ!!
俺は並べられた化粧品を紙袋に放り込み、引き出しに仕舞った。
ベッドの上の紙袋も押し入れに詰め込んだ。
洗面所で石鹸を泡立てて口紅を落とす。
これ以上変な事にならないよう、俺は早々に寝てしまう事にした。

 

「お早う御座います。」
そう言って俺がタイムカードを押すと、課長に呼ばれた。
「今日までだったね。引き継ぎも終わっているようだし。今日は挨拶周りが済んだら、自由にしていて良いよ。」
俺は課員達への挨拶もそこそこに、医務室に向かった。
「一週間後には入院ね。」
奥の部屋に案内される。
「その後、調子はどう?」
「体は問題ないのですが、ここ数日、記憶が抜け落ちている事があるんです。いつの間にか、家に帰っていて…そんな時の俺の顔には決まって化粧がされているんです。」
「そう…」
そこで女医は一旦言葉を切った。
「もう一人の貴方が活動を始めたと言う事ね。」
「もう一人の俺?」
俺は記憶の隅に引っかかったキーワードを口にした。
「二重人格とかいうやつですか?」
「近いけど、少し違うわね。二重人格は表面的には何も変わってはいないの。その人格の持つ雰囲気が別人と錯覚させているだけよ。でも、これは全くの別人が貴方の中に生まれているという事なの。」
彼女は立ち上がり、俺の背後に回り込んだ。
「貴方の中のもう一人は女性のようね。お化粧にも興味があるし…」
不意に、彼女の手が俺の胸を掴んだ。
「あ、イヤン!!」
突然の事で、俺は女のような反応をしてしまっていたのにも、すぐには気付かなかった。
「肉体も徐々に変化していっているようね。」
「い、いや…これは単に太っただけ…」
「じゃあ、何でブラジャーなんかしているの?」
そう言われて、俺はブラジャーをしている事に気が付いた。
朝の行動を振り返る。ブラジャーだけではなかった。無意識の内に女物の下着を着ていた事がわかった。
「もし良かったらコレを着てみない?」
と差し出されたのは、会社の女子の制服だった。添えられたIDカードには「加藤郁美」という名と、化粧をさせられた時に撮られたと思われる女顔の俺の写真が印刷されていた。

 
「いつでも復帰できるようにしておくから。落ち着いたら連絡してきなさいね。」
いつになく優しい部長の声がした。
「あ…はい…」
また、記憶が飛んでいた? とりあえず、部長にはそう答えておいた。
唇の感触から、今回も化粧済みとわかる。かかとの高い女物の靴を履いているようだ。脚はストッキングで被われ、膝の所に触れているのはスカートの裾に違いない。
その女装した俺を違和感なく「俺」と認識している部長は、俺の状況を把握しているに違いない。

ふと周りを見た。
「女装」した俺の姿が他の社員に見られ、俺に女装癖があるなどと変な噂をたてられたら不巧いと思った。が、ここは会議室の一つで他には担当医の賀茂さんがいるだけだった。
「部長、そろそろ…」
と彼女が声を掛ける。俺が意識を取り戻したのに気付いたのかも知れない。
「では、再会を楽しみにしているよ。」
と言い残して部長は会議室を出ていった。

「俺、また記憶が飛んでいたようです。もう一人の人格が現れていたのですか?」
「そうだったようね。結構可愛い娘だったわよ。この分なら、本当に復帰も可能かも知れないわね。」
「でも、俺はあと二ヶ月で死ぬのでしょう?」
「加藤郁夫という男性はね。病院での治療が進めば、もう一つの人格と融合する事ができるわ。そうすれば、貴方は貴方の意識と記憶をもった女性として生まれ変わる事になるわ。」
「俺が女に?」
「今だって充分可愛いわよ。今の貴女を見て加藤君だと解る人はいないと思うわ。何だったら、一緒にお昼に出ない?勿論、貴女はその格好のままでね♪」
「け、結構です。早く元の姿になりたいので、医務室に戻らせてくれませんか?」
「あらそう?残念だわね。」
俺は誰かと鉢合わせしないかとビクビクしながら、彼女の後ろに隠れるようにしながら医務室に戻っていった。

 

「俺」という存在(3/5)

 
入院までは、まだ一週間ある。こんなにまとめて有給休暇を取った事はなかったので、何をして過ごせば良いのか見当もつかなかった。
(旅行をしようか?)
以前、部長が温泉旅行も良いとか言っていたのを思い出した。
あの時、賀茂医師が止めたのは「温泉」というキーワードだったのだろう。
気が付かずにブラジャーをしたまま男湯に入っていたら、ひと騒動になる様子が目に浮かぶようだ。
温泉に入らないとしても、箱根あたりをぶらつくのも良いかな?と思った。
ネットで宿を予約し、小田急線の特急に乗って、一路箱根へと向かった。
高層ビルの立ち並ぶ都会から、車窓に田園風景の広がる頃には、気分もゆったりとして、眠気も催してきた…

 

気が付くと、俺は湯船に浸かっていた。
狭い内風呂ではなく、温泉旅館の大浴場だった。湯船には大量のバラの花が浮かべられていた。
厭な予感がした…
幸い、風呂場には誰もいない。俺は湯船を飛び出ると脱衣所に向かった。
予感は的中したようだ。
反対側のガラス扉に掛かった暖簾には、赤い文字で「女」と染め抜かれていた。
今は他の宿泊客と顔を合わせないうちに、ここを離れるしかない。幸いにも、入浴していたのが俺一人だったので、浴衣の入っている脱衣籠は一つしかなかった…

この旅館では女性客には宿名の入った画一的な蒼い浴衣ではなく、数種類の綺麗な柄物の中から選べるようになっていた。
下着を着け、金魚の柄の可愛らしい浴衣を着た。もちろん、女の浴衣の着付けなど知る筈もない。前をあわせ、帯を巻き、蝶結びで留めた。
ルームキーに刻まれた部屋番号を確認し、人目につかないようにして部屋に潜り込んだ。
荷物を確認し、確かに俺の部屋だと確認できて、ようやく一息つけた。
窓際に置かれたソファにぐったりと腰を降ろした。

窓の外には都会では見られない「自然」があった。木々が生い茂り、山が眼前に迫っている。空の色も違うように見えた。

 

気が抜けたのだろうか、再び記憶が飛んでいた。
俺の眼の前にはお膳が並べられていた。
既に食べ終わったのか、腹は十分に満たされていた。しかし、膳の中の料理は、少しづつしかつままれていなかった。
普段の俺であれば、全て食べ切っている量である。が、残りに手を付けようとしても、胃がもう受け付けてくれなそうだった。
胃の大きさまでも女並みになってしまったのだろうか?と思ったが、その時になり、ようやく腹を締め付ける帯の存在に気付いた。
俺は女の浴衣をちゃんと着付けていた。もう一人の「俺」が目覚めて、着付けをしたのだろう。
鏡に映してみる。確かに、金魚の柄は俺に似合っていた。

 

 
風が髪の毛を揺らしていた。
気が付くと、俺は芦ノ湖の遊覧船の上にいた。
化粧をしているのは即に判った。更に、スカートを穿き、ストッキングを着け、ハイヒールを履いた完全女装である事も判った。
膝の上にはハンドバックを抱えている。中をあらためてみたい気もしたが、今ここでそれをすれば、不振がられる。
船が着き、他の乗客と一緒に降りてゆくと、待合室のある建物を目指した。トイレ…この姿である。躊躇しつつも女性用の方に行った。
大きな鏡に自分を映してみた。
肩まで伸びた髪の毛。耳にはイアリングをしている。服や化粧以外にも変わった所が確認できた。
これでは、どこから見ても「女」にしか見えない。
ハンドバックの中には化粧品、ハンカチ、ティッシュ、そして女物の小銭入れまで入っており、完全に女のバックの中身になっていた。

外見は変わろうとも、俺は「旅行」に来たのだ。観光をするのに外見を気にする事もないだろうと割り切る事にした。
近くに水族館があったのでまずはそこから観光を始める事にした。

慣れないハイヒールで足が痛くなってきた。早めにレストランに入り昼食とともに足を休める事にした。
窓からは芦ノ湖が一望できた。カップスープを飲みながら、湖を行き交う遊覧船を眺めていると、時間の経つのも忘れてしまいそうだった。

肉体の変化は様々な所に及んでいた。
胸の膨らみにばかりを気にしていたが、カップを持つ指はかなり細くなっている。爪に塗られたマニキュアが白い指に映えていた。
舌もまた繊細になっているのだろう。スープの味が格段に美味しく感じるのは、シェフの腕もさることながら、俺の舌がその違いを感じ取れるようになったという事だろう。
早めのお昼という事もあるのだろうが、昨夜と同様に俺の胃は、即に満杯となっていた。
コーヒーとデザートのケーキが出てきた。何故か、甘いものはすんなりとお腹に入っていった。
コーヒーはこの舌には随分苦く感じた。ブラックで飲む事は断念せざるを得なかった。

足の方も幾分か回復したようで、午後の美術館巡り…まあ、この足だと1~2館くらいだろうが…に出発する事にした。
出かける前に化粧を直すためにトイレに向かった。ついでに小用を済ませ、鏡の前で口紅を塗り直した。意識していなかったが、体が覚えているのか自分で意識してやろうとした時よりも、手早く綺麗に仕上がっていた。
外に出ると、美術館巡りのレトロ調のバスが止まっていた。無料だという事なので、運転手に軽く会釈して乗り込んだ。
バスは木々の中の小径を進み、小さな洋館の前に止まった。ガラス工芸品の美術館らしい。入ってしばらくするとショーの開演時間だとアナウンスが入った。館内の客達が広間に集まっていった。
並べられた椅子に座る。
ガラスを鳴らす音がメロディを奏でていった。
心地良い音色が眠気を誘う。
意識が途切れる不安もよぎったが、俺は肉体の欲求に任せるしかなかった…

 

 
俺は旅館の部屋に戻っていた。
机の上に美術館のパンフレットが開かれていた。俺が考えていた以上にもう一人の俺は精力的に巡ってきたようだ。
お茶を入れ、置いてあったお菓子を食べながらパンフレットを眺めていた。

「俺」は…この俺の意識の中では、いまだ行ったことのない美術館もあった。
が、パンフレットを見ていると、写真とは別の角度からのイメージが浮かんできた。
回廊を通った時に聞こえた音が、頭の中に再現される。
俺の頭の中に、もう一人の「俺」の記憶が展開されているのだ。

俺の記憶の隙間を埋める、もう一つの記憶…俺ではない俺が行ってきた行為がはっきりとしてくる。
記憶としての一貫性は生まれてきたが、今度はどれが本当の「俺」の記憶かが判らなくなってきた。

(気晴らしに、お風呂に入ろう♪)
俺は立ち上がると、タオルを手に大浴場に向かっていた。
何の躊躇もなく、女湯の暖簾を潜っていた。浴衣を脱ぎ、脱衣籠へ…脱いだ下着は見えないように浴衣の間に挟んでおく。
タオルを手に浴場に…今日は既に何人か入っていた。オバサン同士の旅行なのだろう、俺の事など一切気に掛けずに話し込んでいた。
俺は彼女等よりも遥かに瑞々しい肌に掛け湯をして、彼女等の脇を通り、露天風呂に向かった。

山の木々と青い空、そして体を温める温泉の湯の中で、俺は全てが解放されたような清々しい感覚に浸っていた。
俺ともう一人の俺。俺の内に二つの人格が共存していると言う。
俺の肉体は第二の人格に引きずられ、大きく変貌していた。
やがて二つの人格は統合されると言う。既に、抜け落ちていた第二の人格の記憶が補完されている。
今は、第二の人格が何を考え、どう行動しようとしているかは知る由もない。

 
(受け入れてしまうと楽になるわよ♪)
賀茂医師の言葉が思い浮かんだ。
二ヶ月後には「俺」は死ぬ。これまで生きてきた「俺」という存在は失われてしまう。
が、人格の統合された俺は、この先も生き続けるのだ。新らしい姿で新たな人生を送るのだ。
それで良いじゃないか。
新しい「俺」を受け入れてやろうじゃないか!!

そう決意した俺の意識は、気が付くと暖かな湯の中に溶け出したようにフェイドアウトしていった。

 

「俺」という存在(4/5)

 
目覚めた時、俺は全裸で布団にくるまっていた。
「記憶」だけが甦ってくる。
それは「俺」がシた事ではないが、実際に昨夜の俺自身がその行為を行っていたのだ。

記憶を辿るように、俺は手を股間に伸ばしていった。
その指先は「男」のシンボルに触れる事はなかった。そこに存在したのは、縦に刻まれた深い溝…その先に「女」の証があった。
その中に指を滑り込ませる。
「あ、ああん♪」
俺のあげた艶声は、昨夜と同じ淫らな「女」の声だった。

もう一方の手を胸に充てる。豊かに張り出した胸の先端では、乳首が硬く尖っていた。
昨夜と同じように乳房を揉みあげ、乳首を弄んだ。
「あん、ああん。ああああ~ん♪」
俺が淫声をあげると、更に快感が高まってゆく。クチュクチュと股間からは淫汁が溢れてきた。
膣に挿入する指を、2本3本と増やしてゆく。昨夜と同じ刺激が肉体を貫いてゆく。
「あん♪あ、あ~~~ん!!」
イけそうな気がした。
昨夜と同じように、俺は「男」に抱かれている自分を想像した。
「あん♪ソコ…い、良い…。イクの。イッちゃう~!!」

 

それは借り物の記憶ではなかった。
もう一人の自分が…という言い訳もできない。今のは、本当の「俺」の意思で行った結果なのだ。

俺は「女」である事を受け入れ、「女」としてイッたのだ。
俺はもう「男」ではない。

再び胸に手を充てる。
これは俺の肉体なのだ。
揉みあげる度に安らぎを覚える…

 

俺はもう一度鏡を見て、お化粧の仕上がりを確認した。俺のではない俺の記憶に従い、描き込んだ目元や眉毛も満足できるものだった。
まとめた荷物を手に部屋を出る。「俺」の最後の旅行が終わるのだ…いや、俺の中にはもう「俺」は存在していない。これは「あたし」の最初の旅行となったのだ。
頭の中では、まだ「俺」と言っているが、実際に喋る時はもう「あたし」と言っている。女言葉も自然に出てくる。
旅行の間に買った服で膨れ上がった荷物は、宅配便に預けてハンドバックとおみやげの紙袋だけをもって旅館を後にした。

都会に戻ってくると、その足で会社に向かった。女装した姿を知っているのは賀茂医師と部長だけなので、同僚達には顔を合わせないようにして医務室に直行した。

「何か変わったわね。」
賀茂医師は即に違いが判ったようだ。
「ええ、身体はもうほとんど女性です。」
「お化粧もばっちりだし、その服も貴女に似合っているわ。でも、良くその姿で入ってこれたわね。」
「以前いただいた加藤郁美の社員証で、すんなり通してもらえました。」
「良かったら診せてもらえないかしら?」
と、賀茂医師は俺の服を脱がせ、診察台の上き上がらせた。彼女はじっくりと俺の身体の変化を確認していった。

「本当。見た目は完全に女性化しているわね。もう一つの人格の出現頻度とかに変わったところはなかった?」
「旅行中は結構頻繁に現れていましたが…」
俺は旅行中の状況をかいつまんで説明した。
「もしかして、人格の統合が行われてしまったんじゃないかしら?」

 

 
賀茂医師の診たては、後日入院した病院で裏付けされた。
二ヶ月を経ずして、俺は「死ぬ」事になった。

「俺」の葬儀が行われる日。俺は初めての生理を経験した。
事前に病院で教えられた通りにタンポンを挿入してから、俺は喪服=黒のワンピースを着て葬儀会場に向った。
それは俺自身の葬儀である。俺は祀られている本人ではある。が、表面上は赤の他人だ。
応援に駆り出された同僚達が並ぶ受付で香典を渡すと、他の一般客に紛れて焼香をした。

からっぽの棺を乗せた霊柩車が火葬場に向かっていった。
俺は、それを見送ることしかできなかった。
「俺」は死んだのだった。

 

「大丈夫ですか?」
声を掛けてきたのは、同僚の相良順子だった。
大丈夫かと声を掛けられて、ようやく自分がボロボロと涙をこぼしている事に気付いた。
「良かったら奥で休みませんか?」
と俺を誘ってくれた。肩を抱かれ、控え室に連れてこられた。
畳の上に上がる。
「お茶を入れますね♪」
俺はボーっと彼女の行為を眺めていた。
ちゃぶ台の上に湯飲みが置かれた。俺の向かい側に順子が座った。

しばらくの沈黙が続く。
その間も、順子はじっと俺の顔を見つめていた。
そして…
「貴女、加藤さんなんでしょう?」
と聞かれた。
俺はどう答えて良いか解らなかった。
「心配しないで良いわよ。あたしも昔、この病気で死んだ事になったことがあるの。あたしの昔の名前は相良順也だったわ。」
「貴女…も…なの?」
「やっぱり加藤さんなのね♪以前から女装させたら綺麗なのになぁと思ってたの。予想以上の美人になったわね♪」
「そ、そんな事ないわよ。たまたまお化粧の具合が良かっただけよ♪」
「そう、それ。笑っている貴女は凄く素敵だわ。」
俺は彼女につられ、笑みを浮かべていた。
「今日、貴女が泣く理由なんて何もないのよ。貴女自身はこうやって、ちゃんと生きているわ。彼は貴女の親・兄弟でもないし、ましてや恋人や旦那様でもないのでしょう?」
「旦那様?!!」
「いずれ、貴女も男性と恋をして、結婚し、子供を産んで、素敵な家庭を築いてゆくのでしょう?」
「ま、待ってよ。あたしはまだ男の人となんて…ましてや結婚なんか…」
「でも、赤ちゃんは産める身体なんでしょう?そうでないと退院はできない筈だからね♪」
俺は下腹部に手を当てた。そこには子宮があり卵巣があるのだ。今、膣に入れているタンポンが経血を吸っている…生理…それは、俺の身体がいつでも子供を産めるよう、準備ができていると言う事なのだ。
「ね♪良い男を見つけましょう。うちの同僚で良ければ見繕って紹介してあげるわよ。って、彼等の事は貴女の方が良く知ってるのよね?」
ハハハと笑う順子につられ、再び俺も声をあげて笑っていた。

 

 

俺は再び会社の制服を着て、同僚達の前に立っていた。
隣には部長がいる。
「亡くなった加藤君の後任として彼女に来てもらった。」
「加藤郁美です。慣れない所もありますが、これからもよろしくお願いします。」
挨拶が終わり解散すると、俺は久しぶりに自分の机に座った。
「どう?座り心地は。」
順子が声を掛けてきた。
「まあ、これからね♪」
「今夜は女の子達だけで歓迎会を開くから、時間空けといてね♪」
と言う彼女の提案に、
「それはないよ、相良ちゃん。加藤さんは俺達が誘おうと思ってたのに~。」
「だ~め。それに、郁美はまだ男性に免疫がないのよ。しばらくは彼女一人だけで誘わないでね。あたしか、他の女の子を一緒に誘うこと。良いわねっ!!」
順子の勢いには誰も抗せないようだ。
「そう言う訳だ。またの機会にたのむ。」
その夜の俺は女の子達に囲まれる事になった。

 

「俺」という存在(5/5)

 
仕事は以前とは変わらない。俺が女だという事で野郎共が何かと支援してくれる。
そのお礼にと、夜の誘いにも付き合う。最初は順子から、お酒の席での女の子の所作を教わっていたが、何度か繰り返すうちに独りでも大丈夫とのお済付きをもらった。
部長に誘われた時は賀茂医師と三人だったが、賀茂さんが途中で席を離れてしまい、俺と部長の二人きりになってしまった。
「良かったら、この上のラウンジで飲み直さないか?」
との提案に断る理由もなかったので、ホテルの最上階に向かった。
そこは、夜景が綺麗との評判が高いとは聞いていた。
「綺麗…」
俺は思わず、そう口にしていた。
綺麗、美味しい、可愛い…女になってから、感情が即に口に出てしまうようになっていた。
「君も凄く綺麗になったよ♪」
キザっぽく、そう言って部長がカクテルのグラスを差し出してきた。

「少し酔ったみたい…」
雰囲気に呑まれたのか、アルコールの廻りが早く感じられた。
「じゃあ、こっちで少し休もう♪」
と連れてこられたのは、ホテルの一室だった。
「部長?!!」
俺が声をあげると
「何を驚いているんだい?君も男だったんだから、こういうシチュエーションがどういう事かは判っているんじゃないかね?」

確かに俺は男だった。
今も心の一部は男のままであると考えている。
その「男」の意識はホテルに女を連れ込めた時のシュミレーションがはっきりと目に浮かんでいた。と同時に、ターゲットである「女」が俺自身である事に気づく。
俺が男に抱かれる…「男」の意識は、即座に拒絶反応を示す。
「イヤッ!!」
俺はそう叫んでいた。

(受け入れてしまえば楽になるわよ…)
賀茂医師の言葉が甦る。

俺は「女」なんだ…
部長になら抱かれても良いと思っている…

俺は大きく深呼吸した。
「そうよね。ココまで来てオアズケは無いわよね。」
そう言って服を脱いでいった。
「でも、あたしとしてはハジメテなんだから、優しくしてくださいね♪」
俺が全裸でベッドによこたわると、ゆっくりと伸し掛かってきた。

部長は女の子の扱いには慣れているようで、俺の性感帯を的確に責めたててきた。部長の手が動く度に、俺は悶え、艶声をあげてしまう。
それ程の時間も掛からずに、俺の股間は濡れ始めていた。
「ひとりエッチは経験したのかな?」
「ぁあん♪そんなコトは聞かないでください!!恥ずかしいです。」
部長は言葉でも俺を興奮させた。
興奮が高まると共に愛液の量が増してゆく。
「おや、お前の股間はもうヌルヌルじゃないか。初めてだからとローションも用意していたが、必要はないようだね♪」
いよいよ俺の膣に本物のペニスが挿入されるのだ。
グロテスクに勃起した部長のペニスは、俺が持っていたものより、遥かに太く、大きかった。
(こんなモノがはたしてすんなりと入るものなのだろうか?)
俺がそんな事を考えている内にも、ペニスの先端が俺の股間…膣口に触れていた。
「イキまないように。努めてゆっくりと呼吸するんだ。」
言われるがまま、意識して呼吸する。
(吸って、吐いて、吸って、吐いて…)
その時、スルリとペニスが俺の膣に入り込んできた。
「呼吸を続けて♪」
呼吸のリズムに合わせて、ペニスはどんどん奥に入っていった。

(??)
また別の感覚があった。
「これは子宮口だね。わたしのペニスが膣の最も奥まで届いたと言うことだ。痛くはないかい?」
俺は頭を左右に振った。
「じゃあ、動かすからね♪」

その直後、滅茶苦茶な快感が俺を襲ってきた。

 

そのまま、俺は幾度となくイかされた。
快感とともに、男に愛されているという幸福感に満たされてゆく。
俺は自分が「女」である事を実感していた。これから先、俺は男に抱いてもらえない事を不満に感じるのだろう。
男に抱かれる事は当然の事であり、より良い男に抱かれる為に女を磨いてゆくのだろう。美しくあり、愛されるために愛し、甘える。
俺はもう、女らしくなることを躊躇うことはないだろう。

 
再び部長の愛撫が始まった。彼がより興奮するよう…そして、俺自身がより快感を得られるよう、俺は淫らに悶え、艶声を漏らす。
そして、高みに向かうにつれ、何も考えられなくなる。嬌声を発し、俺はただ、ただ、高みを目指し、昇り詰めていった…

 

 

 

 

 
「結局は他人なのかしらね?」
俺は「俺」の墓の前で手を合わせていた。
「もう来ない事に決めました。あたしはあたしとしての人生を歩く事にします。」

昨夜、俺は彼氏からプロポーズされた。
今の俺は「女」なのだ。愛される事に幸せを感じる。もちろん、プロポーズは受けるつもりでいた。
だからこそ、その前に俺は「俺」と決別すべきだと考えたのだ。

今こそ、俺は俺の内にある「俺」の全てを、この墓の中に置いてゆこうと思う…

 

「俺」は離れてゆく女が電話する声を聞いていた。

(うん。あたし♪昨夜のお話、受ける事にします。そう、答えはYES。今後ともよろしくお願いします♪)

フフフッという笑い声が遠退いていった…

 
-了-

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