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2010年2月 9日 (火)

茜色の空…

茜色の空…

俺は土手の芝に転がり、ぼーっと空を見上げていた。
何をすべきなのか?俺の頭は答えを出せずに思考停止状態に陥っていた。

視線を下ろすと、河に掛かる橋が見えた。あの橋をバイクで走っていたのは今朝の事だった。
俺には何の落ち度もない。対向車線から飛び出してきたトラックを避けられるほどの余裕などありはしなかった。次の瞬間、俺は空に投げ出され、橋の下に落ちていった。

次に気が付いたのは、この土手の上だった。
遠くでサイレンが鳴っていた。橋の上にバトカーと救急車が集まっていた。
ダイバーが潜っているのだろう、橋の下に船がいた。
しかし、それも一時の事…河から引き上げられたものが救急車に詰まれる。バトカーの数も半減した。レッカー車がトラックを橋の外に運んでいった。
最後のパトカーが去ってゆくと、橋の上はいつもの日常を取り戻していた。

 

 

では、俺は何者なのだろうか?
俺は答えを出すのが怖くて、土手の上から動こうとしなかった。
橋の上の騒ぎが収まってからは、ゴロリと土手の芝に転がっていた。

 
手がかりはいくつもあった。
脚を揃えると、皮膚が直に触れ合う。つまり、長ズボンではないという事。
首筋や頬に触れる髪の毛の先。刈り込んだ俺の髪ではあり得ない。
髪の毛から漂うコロンの香り。俺のまわりにはタバコのニコチン臭しかなかった筈だ。
胸の周りが締め付けられている。怪我をして包帯を巻かれているのではないと解っていた。
肩からの紐が何かを支えている。
身体を揺らすと胸の上にその動きに抵抗するモノがあった。
肩からの紐は、胸の周りを締め付けるベルトとともに、その抵抗を緩和させようと頑張っている。
俺が視線を下ろすと、ボタンの外れた白いシャツの中に、レースで縁取られた布切れの一部が見えた。
と、同時に俺の胸にしっかりと谷間ができているのが解った。

 
つまり、俺は今「女」になっていると言うことだ…

 

 
いつまでもこのままでいる訳にもいかない。
俺は立ち上がると、パタパタとスカートを叩いた。
傍らに学生鞄があった。俺の着ている服…紺のプリーツスカート、白いブラウス、紺のソックスに黒のローファー…
どうやら、女子高生になっているようだ。

鞄の脇に空になった薬のビンと一通の手紙が置いてあった。
手紙の表には「遺書」の二文字。たぶん、ビンの中には睡眠薬があったのだろう。

つまり、彼女は自殺しようと…いや、自殺は成ったのだろう。魂が失われ、抜け殻となった彼女の身体に、近くで事故にあった俺の魂が入り込んだという事なのだろう。
だから、このまま俺がこの身体を使っても、誰からも文句は出ない筈だ。

俺はまだ生きていたい。どんな形にしろ、死んでお終いにしたくはない。

俺は脳に残っている彼女の記憶を読み取ってみた。
彼女の名前、家族、友達…そして愛していた男の名前と振られた場面が鮮明に蘇ってきた。
(それが、あんたの自殺の理由なのかい?)
俺は彼女の記憶に問いかけてみた。他に理由となりそうな事はなかった。
(生きていれば、もっと良い男に出会えたはずだよ)
俺は彼女にそう言った。

…って、その「男」と付き合う事になるのはこの「俺」なのだと言う事に思い至った。
それも良いんじゃないか?
と俺…いえ、アタシは思った。
アタシを優しく抱いてくれる彼氏を想い描きながら、アタシは家に向かって歩き始めた。

 
街はもう、夜の帳が降り始めていた…

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