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2009年9月18日 (金)

アゲイン

 

「アブナイッ!!」

俺は車道に出て行こうとする子供に手を伸ばした。
トラックが目の前に迫っていた。
俺は子供を歩道側に押し倒していた。
最期に聞いたのは女子高生の発したかん高い悲鳴の声だった…

 

 
それが最期の筈だった。
しかし、俺の想像とは違い、俺は「目を覚まして」いた。

辺りを見渡す。
どう見ても病院の部屋には見えなかった。
(ピピピピ)と目覚ましが鳴っていた。
手を伸ばして目覚ましを止めた。
トラックとぶつかったにしては、どこにも痛みがない。

それよりも、ここは何処なのだろう?
俺の知識に合致するのは「若い女の子の部屋」である。
何で俺がこんな所に…それもベッドに寝かされている?

ピピピピピッ
再び鳴り出した目覚ましを止める。その目覚ましも女の子が好みそうなキャラクターが描かれていた。
その上部のスイッチに俺の指が掛かっている。

(俺の?)
それは「俺」の指には見えなかった。ごつごつして、黒い体毛が茂っていなければならない筈だ。しかし、この指は細く、柔らかなうぶ毛があるだけだった。

「ミドリッ、早く起きなさい。遅刻するわよ!!」
階下で娘を起こす母親の声がした。

とにかく、ここは病院ではなく一般家庭のようであった。
この家にはミドリという女の子がいるようだ。
もしかすると、この部屋はミドリという娘のものかも知れない。しかし、肝心の所有者であるミドリはどこにいるのだろうか?

ある想いが俺の頭をよぎった。

俺は布団から出た腕を見た。
女の子向きの柄のバジャマの袖が目に入った。
布団を剥ぎ、上体を起こす。頬に髪の毛の先が触れた。俺の髪はこんなに長くはない。
視線を落とす。
バジャマの胸の辺りが膨らんでいる。両手でそれを押さえる。それは単なる皺ではなく、内には実体を伴っていた。
左右の違いに戸惑いながらパジャマのボタンを外した。
そこには「女の子の胸」があった。

「ミドリッ!!ぐずぐずしないで頂戴!!」
母親の叱咤に思わず「ハ、ハイ。」と返事してしまっていた。

起き上がり、用意されていた服…下着にブラウス、そして制服に着替えた。
この制服はよく見かける近くの女子校のものだ。最期に聞いた叫び声の女の子も着ていたっけ…
机の上にノートがあり「羽山翠」と名前が書いてあった。

「おはよう」と階下に降りた。
「早く食べちゃいなさい。」母親はトーストが供えられたテーブルを指した。俺は言われた場所に座り、トーストを齧った。
点けっぱなしのテレビがニュースを報じている。この家も俺と同じチャンネルに合わせているようだ。

「?」と俺が気がついたのは、流れているニュースは一度聞いた覚えがあった。昨日の朝と同じことを言っている?
まさかビデオに撮って翌日に見るようなことはしないだろう。俺は同じ日をもう一度繰り反そうとしているのだろうか?

 

 
俺は「あの」場所に立っていた。
向こうから「俺」が歩いてくるのが見えた。
俺は何をしようとしているのか、もう一度自分に問いかけてみた。
「貴方はもうすぐトラックに撥ねられて死にます。」とでも言えば良いのだろうか?
俺が何か行動を起こせば「俺」が死ぬ事はない。
しかし「俺」が死ななかったとしたら、今の俺はどうなるのだろうか?

 
目の前をスーと子供がよぎっていった。
「「あっ!!」」
俺と「俺」の声が重なる。
俺は歩道から出る寸前で、その子を抱き止めていた…

「お姉ちゃん、苦しいよ。」
俺は自分が何をしたのか解らなかった。「ご、ごめん。」と腕を緩めた。
「あぶないから車道に出ちゃだめだぞ。」と男の声がした。
「わかってるよ」と子供は元の所に戻っていった。
声のした方を見上げると、そこには「俺」がいた。

「立てる?」と「俺」が言う。どうやら俺は道に座り込んでいたようだ。差し出された「俺」の手を取って立ち上がった。
「膝を擦り剥いているじゃない。手当てをしてあげるからウチに来て。」

 

俺は「俺」の部屋で「俺」と向き合っていた。
「貴女、本当はあそこで死んでいたのよ。」と「俺」が言った。
「車道に出た子供を避けようとしたトラックが突っ込んで大惨事になったの。でも良かった。やり直す事ができて。あたしは男になっちゃったけど、貴女はちゃんと生きていてくれた…」
俺の目の前で「俺」がぼろぼろと涙を流していた。

俺は泣いている「女」にはどう対処して良いか解らなかった。
「俺」の内に居るのが翠なのは間違いないようだ。俺の記憶とは大分異なるが、俺達は一度過去に戻ってやり直す事で死なずに済むことができたようだ。
とりあえず、彼女の事情は解った。ここで更に俺の事まで話すべきなのだろうか?彼女の内に居るのが「男」だと知って、彼女がどう反応するかが解らない。

俺は話すのを諦めた。
 

 
「結婚してくれないか?」
プロポーズしてきたのは翠だった。
「うれしいわ♪」と俺。何故か涙がこぼれてきた。

二人はあの時から付き合ってきた。
意識が分離した事で記憶があやふやな所があるからと、いつも一緒にいてもらったお
陰で俺は「翠」としてやっていく事ができた。
一緒にいる口実として、まわりには「付き合っている」と言ってきたが、いつしか俺も「女」として彼を愛し始めていたみたいだ。

デートの最後にホテルに向かった。俺は「女」として彼に抱かれるのだった。
お互いにその肉体は本人のものであったのだ。相性が悪い筈もない。俺は快感に翻弄された。

もうすぐ、俺は彼の花嫁に…「俺」の妻になるのだ。
子供を産み、母となり、幸せな家庭を築いてゆく。昔描いていた理想とは全く違うものではあったが、一度「死んだ」と思えば何という事もない。
俺は「女の幸せ」を否定するものではない。女となった今では、積極的にそれを求めているのかも知れない。
とにかく、今の俺は「女」なのだ。もう、過去に囚われることはない。

 
彼に突かれる度、俺は快感の媚声を上げ続けていた。

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