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2009年9月 1日 (火)

生きるとは…(前)

何気ない一言が、心に大きな傷を付ける事がある。

僕に投げかけられた一言は、杭のように僕の胸を貫いていた。
「死のう…」
自然と、そんな言葉が浮かんできた。

 

波の音がする。
遥か下の岩肌に打ちつけられ、飛沫を散らす波は凍える程冷たそうだった。
僕は断崖の上、岩肌にしがみつくように生えている松の幹に手を掛け、下を見下ろしていた。
当然のように足が竦む。
僕はここから飛び降りようとしているのだ。
辺りには、そんな僕の行為を留めようとする者はおろか、見える範囲に人のいる気配は感じられなかった。

セオリーなら、靴を脱ぎ、遺書と一緒に揃えて置くのだろう。
(あ、遺書を書いていなかった)
紙もペンも持っていない。駅近くにコンビニがあった。そこまで戻って遺書を書くべきなのだろうか?

と、突然、強風が吹き付けてきた。
バランスを崩す。
慌てて松を掴もうとするが、するりと指先から抜け落ちていった。

いや、落ちたのは僕の体だった。
空が見えた。
それが最期だった…
 

 

 

辺りは真っ暗になっていた。
波の音も聞こえない。
ここはどこだろう?

僕は今、立っているのだろうか?
上下感覚も解らない。
波間に漂っているようにも感じられる。

「おーい!」
と叫ぼうとしたが、声が出ない。
どこか夢の中にいるような感じだ…

そうだ!!僕は夢を見ているんだ!!!!!!

夢から醒めるには、どうしたら良い?
とりあえず頬をつねってみ… つねろうとしたが手が動かなかった。
これって金縛り?
大声を上げようにも、声はでない。
そもそも、自分が呼吸しているのかさえ定かではない。

遠くで星が輝いていた。
星がどんどん大きくなってゆく。
それは星ではなかった。空間にぽっかりと開いた穴。その向こうには明るい場所があるみたいだ。
穴はどんどん大きくなってゆく。僕はその穴に吸い込まれていった…

 

 

「あぁ、気づいたかね?」
男の声がした。
ぼんやりとした視界の先には、病院の天井が見えた。
「ここは?」と聞いた声は多分に干からびていた。
「無理に喋らない方が良い。君の肉体は再生中だからね。強くイメージすればこちらのモニタに表示されるから声に出さなくても大丈夫だ。」
彼の言葉には解らない単語が多すぎた。
「すまない。解りやすくしようとは思っているんだけどね♪」
どうやら喋らなくても済むのは確かなようだ。
「取り敢えず、君が気にしている事だけでも話しておこう。」
と言ってくれたのだが、やはり全てを理解することはできなかった。

彼の話しによると、
僕が彼に発見されてから三ヶ月が経っていた。その間ずっと意識を失っていたことになる。
ここは彼の私的な研究施設であった。彼は個人的に人体組織の人工培養を研究していた。
僕は文字通り彼に拾われたのだった。外傷はないものの、内蔵に壊滅的なダメージを受けていた僕は、死体そのものであった。僕は壊死した器官を除去された上で、培養液に浸された。
三ヶ月の間に失われた器官の主要な部分が再生され、僕は意識を取り戻した。

意識が戻ったので培養液の水槽から出されたが、組織の再生は今だ継続中のため僕の体には培養液を循環させるパイプが何本も突き立てられていた。
数日が経過し、徐々に体力が回復していった。培養液のパイプが届く範囲であればベッドから起き上がり歩き回る事もできるようにもなった。
更に日が経過すると、僕の体から培養液のパイプが抜きとられた。
体の中の器官は今だ完璧に復元できた訳ではないが、後は自然治癒能力に任せれば良いらしい。
今までの診察服から普通の服に着替える事ができる。食事はまだしばらくは流動食らしいが、口から物を入れられると思うと嬉しくて仕方なかった。
「部屋を用意しておいたからそっちに移動しよう。」と病室を出ることになって嬉しさも2倍になった。

研究施設とを隔てる扉を潜ると、そこは普通の(とはいっても、かなり上級の)居住空間だった。
階段を上がった二階に部屋が用意されていた。そのドアには「アリサ」のプレートが下がっていた。
中は全くの「女の子の部屋」であった。
「娘のアリサが使っていた部屋だ。事故で使われなくなってしばらく経つが、そのままにしておいたんだ。君にならここを自由に使わせてあげるよ。もちろん部屋の中の物は全て自由にしてくれて構わないよ。」と敷き詰められた絨毯の上に踏み入れた。
「私は食事の支度をしてくるね。出来たら呼びに来るから適当に着替えておきなさい。」と僕の背後でドアが閉じられた。

ノブに手を掛けたが、どうやら外からロックされているようだ。仕方なく、部屋の中を物色してみた。
ベッドや窓際には愛らしい動物のぬいぐるみが並べられていた。窓のカーテンや壁紙も女の子の部屋らしく、花がちりばめられている。
当然のように、クローゼットの中には女の子の服が詰まっていた。

クローゼットの内扉に鏡が付いていた。久しぶりに鏡を覗き込んだ。
髪の毛がボサボサに伸びていた。机の上にブラシがあったので、軽く梳かしてみた。
思いのほかブラシが流れる。髪質が変わったのだろうか?数回梳かしただけで髪の毛が落ち着いた。
鏡の中には女の子のように髪を伸ばした僕の顔が映っていた。
男の顔にこんな髪では違和感があるかと思ったが、どちらかと言うと僕の顔が女の子のように見えてしまう。
これでリボンを付けてスカートを穿いてしまえば、男には見えないかも知れない…

ここにあるのは「女の子」の服だった。
試してみる事はできる。
(そんな変態的な事…)
と思いつつも、試してみたい衝動の方が強かった。

僕は一番前にあったワンピースを着ていた。
鏡に映っているのは、どこから見ても「女の子」だった。髪の毛にリボンを結んだ訳でもない。
ワンピースを着ただけで僕は女の子になっていた。

髪の毛を結べばもっと可愛くなってしまいそうだ。
試しに両手で髪を左右に束ねてツインテールにしてみた。更に、団子にしてシュシュを付けてみる。
確か、机の引き出しにイヤリングを仕舞っていた筈…
机に移動すると鏡を立てて左右の耳に三日月のイヤリングを填めてみた。
目の端にピンクのマニキュアの瓶が止まった。キャップを開けて刷毛についた液体を爪に塗った。
小物入れから口紅を出した。キャップを取りスティックを捻る。鏡を見ながら自分の唇に付けた。
眉毛を描き、睫毛を整える。
鏡の中の女の子はどんどん可愛くなっていった。

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