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2009年7月19日 (日)

病める時も… -2-

-2-

「加藤さん♪」
朝、席に座る前に女の子に呼び止められた。「いずれ必要になると思うから、ロッカーを用意しておいたわ。見に来てくれないかしら?」と言われ、彼女の後についていった。
「ここは…」俺は声を詰まらせた。「女子更衣室よ。」と彼女がその後をつなぐ。「さあ、入って♪」
「俺なんかが入って良いのか?」「加藤さんはもうすぐ女性になるのでしょ?女が女子更衣室に入るのに何か問題があるの?」
俺は「まだ男だ」と反論しようとしたが、それより先に更衣室のドアが開き、中から伸びてきた腕に引きずり込まれてしまった。

「これが貴女のロッカーよ。」と示された一番端のドアの上部には「加藤」と名前が貼られていた。
ドアを開けると中に服が吊るされていた。「貴女の制服よ。服務規定では女子は制服着用となっているからね。サイズは奥様から伺っていますから問題ありませんよ。」それは彼女達が着ているものと同じ黄色のベストとタイトスカートだった。
「ねえ、着てみてよ♪」その声をかわきりに幾本もの腕が、俺の上着を剥がし、ズボンを擦り下ろしていった。

「あら、綺麗な脚をしているのね。」との声があった。
俺は体型は男のままであったが、女性化は着実に進んでいたのだ。特に体毛は薄くなり、すね毛はまったく姿を消してしまっていた。
病気を告げられてから床屋に行っていないので、男としては大分伸びた髪の毛も、サラサラとした女の髪に近づいていた。
当然、髭等は生えて来ない。眉毛は薄く、細くなっていた。良く見れば、睫毛が長くもなっているのだ。
スカートを穿かされ、ベストを着た俺は胸の膨らみがないのさえ気にならなければ、彼女達と何ら変わらないように見えた。
「ロッカーにパンプスが入ってたわ。これに履き替えて♪」「こっちを見て。口紅付けてあげる♪」「耳元が寂しいわね。このイアリングなんかどうかしら?」
と最後の仕上げが一通りすんだ。俺達はそのままトイレに移動した。もちろん女子トイレだ。
洗面台の鏡に「俺」が写し出された。
俺はもう「女」にしか見えなかった。

 
「次は給湯室ね。お昼には交代で自席で弁当を食べる殿方にお茶を配るのよ。これは規則とかじゃないんだけど、ココでの慣習なのよね。」「ときどきケーキなんかの差し入れがあるから、それで相殺としてるの。」「ついでだから、お茶を入れてみない?」

「ど、どうぞ。」
俺はお盆から湯飲みを部長の机に移した。
「ああ、ありがとう。」と書類を見ながら空返事が返ってきた。折角入れてきてやったのに、もう少し感謝の気持ちを表してくれても良いんじゃないか?と、何故か腹立たしくなった。
「ん?」といつまでもそこを離れない俺を不審に思ったのか、部長が書類から目を上げた。
「君は加藤君か?」と目を丸くする。「ハイ」と答えると「なかなか似合ってるね。今度は私服の君も見てみたいな。」
「部長。それセクハライエローですよ。」と脇から女の子の声が上がった。俺はその場から逃げるように給湯室に戻っていった。

 
結局、その日は一日中制服を着て過ごす事になってしまった。
昼は制服を着たまま、女の子達と近くの喫茶店でランチを食べた。俺にとっては初めての女装外出であった。女の子達に囲まれていたので、不審に思われる事はなかったようだ。
トイレも女性用を使わざるをえなかった。「あたしも」と必ず誰かが一緒に行こうとする。当然、手前で分かれて男子側に行く訳にもいかず、小用にもかかわらず個室に座り込む事になるのだった。

定時後も女子更衣室から集団で出てくると、そのままお茶にしようという事なった。
女の子達に囲まれ、一人だけ「男」がいる状態は羨ましがられるかと懸念したが、雰囲気的にはどこにでもいる女の子達の集団にしか見られなかったようだ。
喫茶店に行くと言いつつも、通り道にあるブティックのショウウィンドウで服のセンスを語らい、アクセサリーショップではあれやこれやと選び始めてしまった。
「加藤さんも髪止めとかでオシャレしてみたら良いんじゃない?」と並んだカゴの中にあった一つを俺の頭に付けた。「どお?」と鏡を向けられた。
「!!」
鏡を見て、俺は口紅を付けたままであった事に気づいた。耳にはイヤリングもしたままだった。
「まだ返してなかったね。ごめん。」と外すと「ついでだからコレも付けてみて♪」と髪飾りと同じデザインのイヤリングが手渡された。
「良いんじゃないの?」と皆が評価する。「加藤さんがあたし達の仲間になった記念に、コレをプレゼントするわね。」と店員に声を掛け正札を外し、会計を済ましてしまった。
俺は、どうやら彼女達と別れるまで、口紅を落とす事ができないと諦めるに至った。

 

「ごめんなさい。アイロンの掛かったワイシャツを切らしてしまったの。悪いんだけど、今日はブラウスにしてくれないかしら?」
多分、今日も制服を着させられるのだろう。そうなれば、ワイシャツだろうとブラウスだろうと大した違いはない。俺はブラウスを着て会社に向かった。

「お早う♪」と女の子に声を掛けられる。「今日はブラウスなのね。」と早速チェックが入った。
結局、そのまま女子更衣室に連れて来られていた。
着替えが終わると、俺は着てきた上着のボケットから昨日買ってもらったイヤリングを取り出した。
ボケットにはもう一つ忍ばせていたものがあった。
口紅だった。
最初に妻と買い物に行った際に買い揃えた化粧品に入っていたものだった。自分の物があるにもかかわらず、他人の口紅を借りるのは気が引けていたのだ。
鏡を見て唇に塗ってみた。

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