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2009年7月19日 (日)

病める時も… -1-

病める時も…

-1-

会社の健康診断の最中に、俺は別室に移された。

最近、気にはなっていた。乳首が煮豆のように膨らんでいたのだ。担当医の2~3の質問に答え、胸囲を計られた。
「TS病だね。」と一言。それは、最近話題になっている病気である。伝染性はないが、都会の成人男性の間で急速に広まってきていた。
TS=トランス・セックス、すなわち性転換を起こす病気である。死ぬことはなく、熱や痛みも伴わない。単に、男性の肉体が徐々に女性のものに変わってゆくだけである。
しかし、病気自体で死ぬ事はなくとも、精神的に追い詰められ、自殺者が多く発生したため、異例の速さで法整備が行われていた。

翌日の朝礼で俺は部長に呼ばれ皆の前に立たされた。
「加藤君が昨日の健康診断でTS病と診断されました。この病気は伝染性はありませんので、これまでと変わらずに接してあげてください。また、この病気を理由に中傷・不利益な待遇が行われた場合、パワハラ・セクハラと同様に懲戒の対象となる事を覚えておいて下さい。」
部長の言葉の間、同僚の男達の視線が俺の胸に集中していた。ワイシャツには乳首の膨らみがくっきりと浮き出ていた。

席に戻りパソコンを起動すると、社内の掲示板に社長の名前で、部長の言っていた事がそのまま掲載されていた。
すなわち、俺の病気の事は全社に知れ渡っている事になる。誰も直接俺に話し掛ける事はないが、遠くから物珍しげに俺を見ている。それはフロア内に限らず、社内の至るところから視線が感じられた。

 
今まで浴びたことのない視線に一日中晒されただけで、俺はくたくたになってしまった。
重たい気分を引き擦って家に辿り着くと、妻が小冊子を手に待ちかまえていた。
「会社から速達で送られて来たのよ。何で病気の事、即に話してくれなかったの?」
小冊子の表紙には「TS病のご家族の方へ」と書かれていた。

「昼間のうちに市役所の手続きは済ましておいたわ。」と一枚のカードが手渡された。「これを見せれば、下着や化粧品が安く買えるのよ。まあ、無いとは思うけど、これを見せれば女性専用車にも乗れるし、映画館なんかでのレディース割引もしてもらえるそうよ。」
カードの裏面には名前をサインする欄が二つあった。上が男性名、下が女性名らしい。「女性名が決まるまでは空白で良いそうよ。決まったら市役所にも届け出が必要だから忘れないでね。」
そうは言われても、乳首以外に変化はない。これから自分が女になり、女の名前で呼ばれるようになるとは、どうやっても想像できなかった。
「明日は休みだから、下着とか買いにいきましょうね。」と言う妻に「良いよ」と返事をしてしまったが、それが自分用の女物の下着を買う事であるとは、下着売り場に連れてこられ、胸にメジャーが当てられるまで、一切頭に思い浮かばなかった。

 

妻は最初にカードを店員に見せた。
「この人、初めてなんでサイズから計ってもらえないかしら。」て俺の背中を押し出した。「上着を取ってもらえますか?」と店員に言われると、妻がさっさと脱がしにかかった。
「Aカップでは、この胸囲の物はありませんね。Bで詰め物と言う選択もありますが、形が崩れ易いですね。それに、初めてですからBでも違和感が大きいと思いますよ。」
「やはりフックのアタッチメントですかね?」「では貼り付けタイプでは如何でしょうか?」「そうね。これでは上下の揃いは無理だしね。」
当事者の俺をさしおいて、話しが進んでゆく。もちろん、俺には当事者と言う意識は皆無であり、彼女達の話しについていくだけの知識も持ち合わせていない。
見せられたブラジャーのデザインの良し悪しなど解る訳もなく、適当に返事をしていた。当然、それを俺自身が着ける事になるとは思ってもいなかった。

次にブラウスのコーナーに連れてこられた。
「ブラをしたら男物のワイシャツじゃ胸が苦しくなるわよ。」と、再びカードを店員に見せ、俺の体にメジャーがあてられた。
最初に持ってこられたのはフリルの沢山付いた華やかなものだった。「サイズを確かめるだけだから、取り敢えず着てみて。」と試着室に押し込められる。
シャツを脱ぎ、上半身裸になると、さっき買ったブラジャーが取り出された。「まだ一人では着けられないでしょ?」と俺の胸に巻き付けると背中のフックが閉じられた。
「まだ、胸がないからコレを詰めておいて♪」とブヨブヨした肌色の塊が手渡された。ブラのカップに詰め込んでみると、俺の胸には女のような膨らみが出来上がっていた。
ブラウスはボタンが左右逆転しているので、なかなか止められない。胸の膨らみが余計に感覚を狂わしている。胸元のリボンは見かねた妻が結んでくれた。

鏡には俺の顔で男物のズボンを穿き、ブラウスに包まれた胸だけは女の様に膨らんでいるアンバランスな姿が写し出されていた。
「良かったら、下も替えてみる?」と妻。俺にスカートを穿かせようとしていると解り、丁重に辞退した。更に、ブラジャーも詰め物の要らない物に替えてもらった。
気は進まなかったが、ブラジャーをする事で膨らんだ乳首に与えられる刺激は格段に減少した。「詰め物がなければ、普通のシャツでも大丈夫じゃないか?」との提案にも何とか応じてくれた。
その条件として、何かで必要になるかも知れないから、1~2のブラウスを購入する事と、肌着としてキャミソールを着なければならなくなった。
ブラウスは必要がなければ着なくても良いし、キャミソールも肩が狭いランニングシャツと思えばそれまでの事。ブラジャーをする事を承諾した限りは、肩紐がワイシャツに浮き出る事は判っているのだ。

その後、いくつかの化粧品を買って家に戻った。

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