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2009年5月31日 (日)

交差点(2/7)

程なく、大学の構内に入った。
「教授って言ってたけど、どこの学部なんだい?」構内にはいくつかの校舎が並んでいる。だいたい学部毎になっているので、学部が入るべき建物が特定される。「考古学です。考古学の嶋田教授の所に行ってください。」
考古学とは、殊更僕には縁のなかった分野であった。当然、そちらの校舎には一度も足を踏み入れた事がない。しかし、同じ大学の建物である。構造に大した違いはないと、嶋田教授の部屋を探し始めた。

その部屋は最上階の一番奥まった所にあった。
「やあ、戻ったね。」人の良さそうな初老の男がそこに居た。「嶋田教授です。」とコメントが入る。
「椅子に座って待っててくれ。」と言われ、入り口脇のソファに向かおうとすると、「そこではありません!白いカーテンの奥です。」と彼女の指示が出る。
部屋の中を見渡すと、その一角が白いカーテンで仕切られていた。
そこには確かに「椅子」があったが、それは普通の椅子ではなかった。背もたれや肘掛けの脇から電極が垂れ下がっている。頭の所には電線がぐるぐる巻かれたヘルメットがあった。およそ「考古学」には似つかわしくない。
「カーテンを閉めて。」
その椅子の異様さに固まっていた僕に、彼女が次の行動を促す。
「服を脱いで椅子に座って。」
服を脱ぐって、裸になること?
今は僕が彼女なんで、僕が服を脱ぐことは彼女が裸になるということで、彼女は女の娘で、女の娘の裸を僕に見せることになって…
僕が躊躇していると、肉体の主導権が彼女に奪われていた。
カーテンが閉じられ、さっさと服を脱いでゆく。下着も脱いで完全な裸になって椅子に座っていた。
体の主導権が再び戻ってきていた。既に裸になってしまっているので、今更服を着ようとは思わなかったが…隠さなくて良いの?…とそっと聞いてみた。
「隠すって?…そうか、局部を隠すのが恥じらいというものなのか…問題ない。教授はあたしを造った人だし、こうやって診察を受けるのも毎日の事だ。」

と、カーテンが開き嶋田教授が入ってきた。教授が僕の…彼女の体に触れると、スイッチを切ったように体から力が一気に抜けていった。
何もできない間に、電極が体中に貼り付けられた。ヘルメットが装着され、しばらくするとブーンと微かな唸り音が始まった。
椅子から出たケーブルが繋がった機械の前に教授が座っていた。
「なに?」と声を上げ、慌ただしく機械を操作し始めた。しばらくすると、目の端に見えていたモニタに「僕」の学生証に貼られている写真が映しだされていた。

「春日純也君か…」と教授が僕の顔を覗き込んだ。「素体の実験に巻き込んでしまい申し訳ない。解っている範囲で説明するから、服を着てあっちのソファで待っていてくれ。」電極を外し、教授が体に触れると、再び体に力が戻ってきた。
教授に何か言おうとしたが、その前にカーテンを閉め出ていってしまった。

服を着るとしたら、今までこの娘が着ていたものしかない。「奥にあたしのクローゼットがありますよ。」と言われたが、どうせ女物しかない筈である。
脱いだ時の手順を思いだしながら、逆の手順で身に着けていった。一通り着終わりソファに座っていると、教授がマグカップにコーヒーを淹れて持ってきた。

「春日純也君だったね。」と教授。僕は「はい」と答えるしかなかった。
「ここが考古学の研究室とはなかなか思えないだろうね。」僕は何と言って良いか解らずそのまま教授の話を聞く事にした。
「その体…素体は、私の知人の科学者から貰い受けたものだ。しかし、電子頭脳にあたる所には遺跡から出土した奇石が置かれている。そう、その奇石からは電気信号のようなものが出ていて、どうやら古代の記憶が封印されているらしいという事になったのだ。あの椅子を使って、太古の記憶を引き出そうとしているんだ。」
「それが、この状態とどういう関係があるんでしょうか?」
「わからん♪」
僕は二の句が継げなかった。「奇石はこれまでも何らかの形で記憶を収集してきたのだ。一つの可能性として、今の君のように接触してきた知的生命体を自らに取り込む事によって記憶の収集を行っていたとも考えられる。」
「はぁ…」
「しかし、それも一つの仮説でしかない。だから、奇石から君を分離することは、今の時点ではできないとだけ言っておく。
「しばらくはこの姿でいろと?」
「すまない。ご家族には私からも説明させてもらう。それに、単位の方も講義にでれば君の名前でカウントされるようにしておいたからね。」
「って、この姿で講義に出ろと言うんですか?」「流石に私も講義にでていない人間に単位をやる訳にもいかないんでね。そうだ、これが君の新しい学生証だ。」と一枚のカードが渡された。「春日純子」と記された学生証には彼女の顔写真が貼り付けられていた。
「クレジットの方には月々10万を入れさせてもらう。それで生活に必要なモノは揃えられるだろう。」僕は教授の言葉を上の空で聞いていた。頭の中では教室に現れた見知らぬ女の娘を質問攻めにする野郎達の姿が浮かんでいた。その中心にいる女の娘は僕自身であった。

彼女のクローゼットから数枚の着替えを取り出した。教授の手配したタクシーでアパートに戻った。一人暮らしだし、隣近所との付き合いもないので、この姿になった事を説明する必要がないと、多少は気分が楽になっていたが、僕はドアの前で立ち尽くしてしまった。
鍵がないのだ…

奇石に取り込まれた際、僕の体は手にした鞄を含め、全て消されてしまっていた。ズボンのポケットに入れてあった鍵も例外ではない。「鍵がないと入れないのか?」と彼女が問いかけてきた。映画ならヘアピンを鍵穴に入れてしばらくすると鍵が開いてしまう…が、それはあくまでも作り話である。
「別に難しくはないと思うよ。あなたはその鍵をイメージする事に集中していれば良い。」と僕の手は頭からヘアビンを抜きとっていた。
僕の手が、その細い指先が器用にヘアピンを曲げてゆく。その形は僕のあやふやな記憶にもかかわらず、正確に鍵の形を描き出していた。
「こんなものかな。差し込んでみて?」と促され、ヘアピンを鍵穴に挿し、回した。
カチャリと音がして鍵が開いていた。

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