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2008年4月10日 (木)

想い(前)

いきなり現れたのは巨大なダンプカーの前面だった。

その瞬間、俺は「死んだ」と思った。しかし、裕長にそんな事を思い出していると言うことは、俺はまだ生きているらしい。目を開けると青空が見えた。背中にごつごつとした感触がある。俺は地面の上に寝ているのだろう。ゆっくりと上体を起こすと目の前にあの交差点があった。
しかし、そこで事故があったようには見えない。確かに、俺は何かにぶつかってここまで飛ばされたようだが、その「何か」が何なのかを知る手掛かりはありそうになかった。
夢でも見たのかと、立ち上がり、体に付いた泥を払った。俺は再び交差点に戻った。「?」と俺は足元に転がっているモノを見た。小さな地蔵尊だった。首に掛けられた袈裟には「交通安全」と記されていた。俺は地蔵尊を起こしてやった。過去にこの交差点で事故でもあったのだろう。俺は地蔵尊に手を合わせた。
(そうよ。その事故であたしは死んじゃったの)と女の子の声がした。実際に「音」として聞こえた訳ではない。彼女の声が俺の頭の中に直接響いていた。(あれは、あたしの記憶…ダンプカーに跳ねられて、あたしの体が無くなった日の記憶よ)俺には何がどうなっているのか、さっぱり解らなかった。(あなたは、あたしの記憶に引っ張られて、あたしと同じショックを体験したんだと思う)
何で俺が事故で死んだ女の子の感覚を追体験しなくちゃならないんだ?(多分、波長が合ったんだと思う)そんな事で変な体験をさせられるのは迷惑だな。俺はその場を立ち去ろうとした。(待ってよ、あたしを置いて何処に行くつもりなの?)そんなの俺の勝手だろ?俺は地蔵尊に背を向け、歩き出した。
(え?!)俺の頭の中で女の子が驚いている。(何で動けるの?)知るか?お前が勝手にひっ付いて来てるんだろ?(あぁ、歩けるって何年ぶりだろう?)うるさいな。ひっ付いて来るのは良いが少しは静かにしてくれないか?俺がそう思考すると、ようやく静かになった。

どうやら、俺は女の子の幽霊に取り憑かれてしまったらしい。一部を除いては生活に不自由はないし、その「一部」もこちらが気を張っていればどうにかなる程度のものだった。逆に気を緩めていると、いつの間にか俺は恥ずかしい行為をしてしまうのだ。幽霊の少女は憑依しているとは言っても、俺の体を勝手に動かすことはできない。
が、彼女は彼女の記憶を俺に見せつけることができた。その際、俺の記憶が一時的に混乱する。たとえば、スーパーで買い物をしている時に俺が買おうとしているリストを思い出しているつもりが、彼女の記憶と刷り変わっていたりする。気がつくと、女性の生理用品がカゴの中に入っていたりする。
(あの服可愛いなぁ)などと彼女が言っている時は要注意である。少しでも気を抜いていると、その服を着て鏡に写っている少女の姿がイメージされる。それだけなら良いのだが、その少女は俺自身なのだ。俺がその服を着てくるりと回っている。そして、鏡に向かって満足げに微笑んでいる。その姿が可愛らしいのだから始末に終えない。そして、気が付くと俺のクローゼットにまた一枚、女物の服が増えているのだ。

今日は朝から気分が優れなかった。(そろそろアノ日じゃないかしら?)などと言われても、それに反応する気力もなくなっていた。ナプキンを貼り付けたショーツが更に気分を憂鬱にさせる。さすがに女子トイレに入ろうとした時は慌てたが、小用だけなのに個室に向かっても何も思わなくなっていた。
気分転換に街を歩くことにした。自然と足は、昔通っていた学校に向かっていた。桜並木は四月には美しい花びらのトンネルを作っていた。その下を友達と喋りながら…って、何でセーラー服を着た娘と親しそうにしている図が浮かんでくるんだ?俺はそんなに親しい女友達はいなかった。第一、うちの学校はブレザーだった。
俺の目の前に教会のような校舎があった。懐かしさに目が潤む。が、その門柱にある学校名には「女子」の2文字が冠されていた。俺の記憶が彼女のものと混ざりあってしまっているようだ。俺は自分の通った高校を思い出した。
俺の高校は俺の記憶通りにあった。グランドに向かう。俺はこのトラックを必死になって走りまわっていたのだ。今も、あの時の俺と同じように走っている男子がいた。そいつに、昔の俺の姿が重なる。
ドクリ。と胸が鳴っていた。あの時も俺はここから、一生懸命に走っている男の子を見つめていたのだ。とうとう告白できなかったけど、見ているだけで幸せだった…って、何で俺が男に告白しなくちゃならないんだ。また、彼女の記憶が入り込んでいた。

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