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2008年4月10日 (木)

想い(後)

「ヒロコ、大丈夫?」女の子の声に目を開けた。しかし、何で俺をヒロコと呼ぶ?俺は…俺の名前は……浩子だった。声を掛けてくれたのは親友の美穂で、俺はグランドを走っている大谷さんを見にきていたのだ。俺は起き上がり、セーラー服のスカートに付いた枯れ芝を叩き落とした。
大谷さんは、まだ走っていた。彼の顔が眩しく輝く。俺は目を細めて彼を見ていた。…?…俺は彼の顔をもっと昔から知っている?確か中学の時に親父の都合で引っ越してきた筈だ。俺は生まれた時からこの街で、美穂とは幼稚園に上がる前から…って、これは浩子の記憶だ。俺が大谷さんの過去を知っているのは、俺が大谷明本人だからだ。

俺は浩子の記憶に捕らわれていたようだ。グランドで走っているのは俺ではない。それを見ている俺は女子高生ではない。隣にいる娘は俺の親友なんかではない…「浩子?」「何?美穂。」「どうしたのよ、ぼーっとしちゃって。」「ちょっと考え事。あたしって何なんだろうって。」「らしくないよ。浩子は恋する乙女なんでしょ。大谷君を見ているだけで幸せだって言ってたじゃない。」…再現される浩子の記憶。俺はセーラー服を着た女子高生として、彼女の記憶の中に取り込まれてしまっていた。
「見ているだけって、本当にそれで良いのかよ?」俺はそう言って足を踏み出した。それは浩子の記憶の再現でしかないのかも知れないが、俺はこの行動が俺の意思であると信じていた。俺はグランドに足を踏み入れた。「邪魔しちゃ駄目よ!」美穂が叫んでいる。俺は向こうから走ってきた俺自身に正対した。
あの時、俺は幻を見たのを思い出した。それはセーラー服の女の子だった。彼女は俺にしか見えなかった。俺の目の前に彼女が迫っていた。にっこりと笑っている。ぶつかる直前、俺は体を捻った。
俺の体は宙を飛んだ。彼女の体をすり抜け、俺は地面に叩き付けられた。足首に激痛が走った。それは、俺の選手生命が絶たれた一瞬でもあった。

「おじさん。ここは関係者以外立ち入り禁止なんだからね。」俺はようやく現実に引き戻された。「頑張れよ。」と声を掛け、学校を後にした。
しばらく歩くと、あの交差点に出た。あの日、浩子は俺を目にすることはなかった。浩子の記憶を辿れば即に判る。俺が足を痛めたその直前に、浩子はダンプカーに跳ねられていたのだった。浩子の俺に会いたいという強い想いだけが、彼女の意識を俺の元に飛ばせていたのだろう。また、その強い浩子の「想い」が、こうして俺に再び出会う奇跡を起こしたのだ。彼女の記憶を自分のことのように見てしまった俺は、彼女の強い想いがどれほどのものかを知ってしまっていた。
地蔵尊の前で手を合わせ黙祷する。俺の目の前に浩子がいた。(お、大谷さん。あたしと付き合っていただけませんか?)顔を紅潮させ、真剣な目で俺を見つめていた。その心の奥で断られたらどうしようと、ドキドキしているのが手に取るように解っていた。「良いよ。これからもヨロシク。」

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コメント

ラストの誤字がもったいない・・・。

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