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2008年3月13日 (木)

祈り

代われるものなら代わってあげたい…

妻がガンに侵されていると聞かされた。既に全身に転移し、手の施しようもないとの事だった。あと半年の命だと言う。妻には「風邪をこじらせたようだから検査もあって一週間程の入院となったよ。」努めて笑顔を作った。「君は働き過ぎなんだよ。これを機会に骨休みすると良い。」
俺は妻を残して病院を出ると、その足で近くの神社の鳥居をくぐった。普段は信仰のない俺だったが、この時ばかりは必死に祈っていた。やがて、空は暗闇に覆われていた。これで十分とは思ってもいないが、明日も病院に行き妻の必要とするものを届けなければならない。
「お困りのようですね。」神社を出たところに胡散臭そうな老人がいた。「よかったら、このお札を持っていきなさい。いや、お代はいらないよ。先ずは必死に願ってみなさい。」俺は渡されたお札を見た。たぶん文字だと思われるものが描かれていた。しかし、無料でもらうわけにもいかないと、お札を返そうとしたが老人の姿は跡形もなく消え失せていた。

その夜、明日の支度を終えると、俺は藁をも縋る気持ちでそのお札に祈っていた。

気がつくと、俺はベッドの上で寝ていた。窓の景色に見覚えがあった。ここは妻の病院だった。もしや?とネームプレートを見る。妻の名前があった。そして新しい自分の体を確かめるべく、胸と股間に手を伸ばした。

「あ、あなた?」病室のドアが開き「俺」が飛び込んできた。「な、何であなたがコレを持っているの?」彼の手にはあのお札が2枚、握られていた。「もしかして、あたし、死ぬような病気だったの?あなたはあたしの替わりになろうとしたの?」俺の姿の妻は涙で目を腫らしていた。「そ、そんな事はないよ。」俺が否定すると、「これを見て。」とTVのスイッチを入れた。チャンネルはどこでも良かった。TVは電車の脱線転覆事故の悲惨な状況を伝えていた。「これ、いつもあなたが乗っている電車よ。数日前、あたしの前に今日の新聞を持ったお爺さんが現れたの。記事を見せ、よかったらこれに願いを寄せてごらんなさいって、このお札をくれたのよ。あたしは、あなたがこの電車に乗らないようにと願ったのよ。」妻は俺の胸に顔を埋めた。「で、君の思惑どおり、君の看病のため俺は電車に乗る事はなかった。が、今度は君の病状につけ込んで、その老人が俺にもう一枚のお札を渡し、僕と君が入れ替わったと言うことだ。」「な、なんでそんな事を願ったの?ただ、病気を治してでも良かったんじゃない?」「それは言わないでくれ。俺も気が動転していたようだ。」

「ガンなの?」幾分か落ち着いた頃、妻が聞いてきた。このような状況では隠しても意味はない。「全身に転移していて、あと半年だと言われた。」「もう一度、もう一度このお札に祈ってみない?今度はあなたの病気が直りますようにって。」
俺は妻からお札をもらい、二人で一緒に祈りを込めた。

面会時間が終わり、俺の姿をした妻が病室を出ていった。俺はもう一度お札を手に取った。その時、カチャリとドアが開いた。入って来たのはあの老人だった。「お札を回収させていただきますよ。」と俺の手からお札を抜き取った。
「どうなっているんだ?」俺が老人に聞くと「皆様の望みを叶えてあげているのですよ。しかし、定められた運命は変えられないのです。それを知った後の皆様の絶望が私の糧となるのです。」そのままフッと老人の姿が消えていった。その直後、一台の救急車がサイレンを鳴らして病院に入って来た。

ほぼ即死だった。妻は家の手前でトラックに跳ねられていた。この日、「俺」が死ぬ事が運命付けられていたのだろうか?俺は妻の喪服を着て、妻の…いや、夫である俺自身の葬儀を出すことになった。
「定められた運命は変えられない」老人が言った言葉が、あの日「俺」が事故で死ぬ事であったとするなら、「妻がガンで半年の命」というのは老人の作った虚偽の運命であったと思いたい。数ヶ月後に俺に施された新しい手法により、俺は「半年」を過ぎても死ぬことはなかった。生き続けることが俺の運命であるならば、俺はそれを受け入れようと思った。

しばらくして、俺は別の病院を訪れた。ここは妻と何度となく通った所だ。今日は俺独りだった。医師に「俺」が死んだ事を告げた。医師はもう治療の必要はないのでは?と言ったが、俺は「最後に一度だけ試してみたい。」と申し出た。
俺は不妊治療のために冷凍保存していた「俺」の精子を俺の子宮に投入してもらった。

これもまた、運命なのだろうか?「俺」の精子は「妻」の卵子と結合し、俺の子宮に着床してくれた。俺達の子供は俺の胎の中で着実に大きくなっていった。

俺は運命を恨みはしない。いや、こうして俺達の子を授けてくれた運命に感謝している。

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コメント

運命は変えられない・・でも、体を変えることで、変わるんだ・・・?
考え込むとパラドックスの沼に沈んでいきそうですね。
夫婦の愛の結果、ひょっとすると奥さんは子供として生まれ変わってきたりして

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