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2007年11月17日 (土)

人魚の靴

そこは深い海の底。人魚の姉妹が暮らしていた。末娘だけがまだ成人していなかったので、姉達の話す外の世界を聞いては憧れを膨らましていた。「あぁ、早くあたしも大人になって、外の世界を見てみたい。」彼女は毎日のように、そう祈ってから眠るのだった。

その夜、嵐が近付いていた。姉妹は安全な場所を求めて、暗い夜の海底をさまよっていた。ふと気が付くと、末娘は皆とはぐれてしまっていた。「お姉様。」呼んでも何も返ってこない。そこに変則的な海流が彼女を巻き込もうとした。彼女は流れから逃れるように上に向かった。それは禁断の水面へと彼女を近付けることになった。
成人していないものは外界に出てはならない。それは人魚達の掟だった。
「仕方なく」と彼女は自分に言い聞かせ、水面に顔を出した。
外界は嵐であった。闇の中に灯が揺れているのが見えた。人の造った「船」だ。しかし、その船は嵐の波に呑まれ、沈みかけていた。他に何か目新しいものはないかと見回すと、近くに浮いていた漂流物に気付いた。ゴムボートだった。その中に気を失って倒れている人間がいた。彼女は人間というものを始めて目にした。
「これが人間?あたし達と同じようで全然違うのね。」それは単に尾鰭の代わりに脚があるというだけではなかった。彼女はこれまで「男」というものを見たことがなかったのだ。逞しい腕や脚。体中を被う剛毛。髭や胸毛…
彼女達人魚には雄は存在しなかった。
彼女は男に触れてみた。その途端、身体が熱くなった。
成人していない彼女には、まだ知らされていない事があった。

雌しかいない人魚は人間と交尾することで子孫を残すようになっていた。そのために、彼女等人魚は人間に近付くと交尾しやすいように、人間と同じ姿に変わるのだ。尾鰭が脚に変わり、立って歩けるようになる。その類まれな容姿で男を誘惑し、男と交わる。事が終われば、再び人魚の姿を取り戻すのだ。
ボートの中で彼女は人間の姿になった。しかも、交尾を前提とした変身であるので、彼女自身の肉体はすっかり出来上がっていた。しかし、まだ成人していない彼女は、その先どうすればよいのかを知らなかった。人間の姿のままでは海にも戻れず、肉体は熱く疼きが納まらない。彼女は悶々としながらも、男に寄り添うようにボートの中に身を横たえた。

明るい陽の中で彼女は目覚めた。いつの間にか寝入ってしまったようだ。身じろぎをしたのに男が気付いた。彼は大分前から気が付いていたようだ。「どうやら助かったみたいだね。」彼の笑顔だけで彼女は恋に落ちていた。貨物船に救助された二人は近くの港で陸に上がった。人間界の事を何も知らない彼女は、彼に頼るしかなかった。
それ以前に、彼女は彼と一緒にいたい気持ちで一杯だった。やがて、彼女は男と女が一緒にいるという事がどういう事であるかを知ることになる。と同時に、彼と交わる事で人魚の姿に戻れる事も判った。そのまま、彼と供にいれば再び人間の姿になれることも知った。
しかし、彼女にはまだ知らないことがあった。

人間と人魚が相思相愛となり子供が授かった時、相手の男は彼女の伴侶として彼女達の仲間に迎えられることになる。人魚達は成人の際に様々な事を教えられる。しかし、そのような手続きを踏まずに成人を迎えてしまった彼女は、何が起こったのかを知る術もなかった。
彼女の妊娠を知らされた後、彼は体調を崩した。人魚への変化が始まったのだ。
彼女等は人間界で生活していたた。人魚は人間の中にいると人間の姿となる。だから、彼は人魚に変わろうとするのと同時に、人魚の姿ではなく人間の姿…女の姿へと変わっていったのだった。それでも、彼は彼女を愛し続け、彼女と伴にいる事を誓った。「これなら二人で同じように子育てができるね。もしかすると、俺の乳からも母乳が出るかも知れないね。」

彼女は臨月を迎えた。彼は知る由もなかったが、人魚である彼女の胎内から産まれのは、当然の如く尾鰭をもった人魚であった。我が子を手に途方に暮れた彼を見て、ようやく彼女は彼に自分が人魚である事を打ち明けた。彼女の話しを聞き、彼は落ち着きを取り戻した。そして、彼は彼女に海に帰る事を勧めるのだった。
彼女が海に帰るためには人魚の姿に戻る必要があった。女の姿になってしまった彼には、彼女を人魚に戻すことはできなかった。彼女が人魚に戻るためには他の男に抱かれる必要がる。そこで、彼は古くからの親友に頼むことにした。

クルーザーの船室で彼女と親友が抱き合っていた。彼は甲板に上り、娘を抱きながら事が終わるのを待っていた。やがて彼女の歓声が響いた。しばらくして人魚の姿に戻った彼女が現れた。顔を赤らめた彼女に彼は娘を託した。長い抱擁の後、
パシャン
水音と共に彼女達の姿が海の底に消えていった。彼がじっと海を見つめていると、親友がおっとりと客室から現れた。その気配に彼は振り向く。そして、思い詰めた表情の後、彼は親友に向き直ると「俺も抱いてくれないか?」と言った。

しばらくの時間を経て、再び水音がした。
親友が船室を出てきたとき、船には他に誰もいなかった。

甲板には二足の女物のサンダルだけが彼等のいた証として残されていた。

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コメント

人魚の靴

素敵な題名ですね。矛盾しているけどラストでは、ぴったりとはまる。

人魚ってどうやって増えるのかなと思ったのですが、こういう風になっていたんですね。
究極のレズカップル?

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