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2007年10月17日 (水)

分身

美智子はもう一人の僕だった。

人工の骨格に人造皮膚を貼り付けた等身大の人形に過ぎない美智子であるが、僕の魂を注ぎ込めば、生きた人間の女となるのだ。僕は美智子となって、僕自身を見下ろしていた。魂の抜けた僕は、人形と言う程も美しくない。ただの死体にしか見えなかった。
もうすぐ、親友の大志がやってくる。僕は彼が買ってくれた服に身を包んだ。もちろん、この身体にふさわしいドレスである。本来男である僕が女の衣服を着ることには抵抗があったが、外に出て公衆の面前にこの身体を晒にあたっては、この身体にふさわしい服を着させるべきだとの大志の言葉には従わざるを得なかった。
服を着ると僕は鏡の前に座った。これも大志の、一人前の女が化粧もせずに人前に出るなんて有り得ないの一言によるものだ。引き出しから化粧ポーチを取り出し中のものを机の上に広げた。これを買った時(恥ずかしい事にその時は僕本来の姿だった)店の人に教えてもらった手順で美智子の顔に化粧を施していった。
鏡の中で人形のような美智子の顔が、生きている人間に変わってゆく。そんな錯覚を覚えた。繊細な美智子の皮膚は本来の僕のものより格段に化粧がし易かった。店で聞いたものに、ちょっとだけ僕のオリジナリティを追加する。美智子の顔に赤みが加わり、より人間に近付いたように見える。最後に口紅を塗った。
机に筆を置いた時「素晴らしい出来じゃないか。」と男の声がした。鏡に映る美智子の後ろに大志が立っていた。「いつの間に来ていたんだ?」僕が振り向くと「つい先程だよ。君が化粧に夢中になっていたので勝手に上がらせてもらったよ。私だから良かったものの、女の独り暮らしでこれは物騒だな。」
「誰が女だって?」と僕は立ち上がって抗議した。が、いつもは僕の方が高い背丈も美智子の身体では彼を見上げる形になる。「こんな可愛らしい美智子君が女ではないなんて誰が信じると思っているのかい?」と大志は僕の身体を抱き寄せると、そのまま接吻した。僕は彼を突き放そうとしたが身体が言うことを利かない。逆に自らも彼の背に腕を廻していた。
恍惚とした一瞬だった。彼が唇を離した。「それから、言葉には気を付けなさい。男丸出しでしたよ。」「悪い…じゃない。ごめんなさい。気を付けますわ。」「過剰な言い方も不自然だが、前よりは良いだろう。じゃあ、行こうか?」
ハイヒールを履いてもまだ彼の方が背が高かった。足元がふらつくので彼にしがみつくようにして歩くには都合が良いが、この体格の差は屈辱的であった。「美智子は女なんだから仕方ないよ。」僕が不平を言うと大志はそう言って僕の頭を撫でた。その事で更に腹が立つ筈が、僕はしっかりと懐柔されていた。

駅前の喫茶店に入った。珈琲を頼もうとしたが、先に大志が紅茶を注文していた。「君に珈琲は似合わない。それに、その身体は飲食できないのだろう?しばらくこの店で女としての振る舞いを観察すると良い。」彼が選んだのは窓際の席で、僕からは店の内外を見渡せるが、僕自身は植木の陰になっていた。
大志に言われてみると、確かに店内にいる女のほとんどが珈琲以外のものを頼んでいた。カップの持ち方、話し方を観察する。外を見れば、歩き方、立ち止まった時の立ち方など、彼女等の仕草に女らしさを見極めてゆく。しかし、はたしてそれを自分が実践できるものなのだろうか?僕は彼女達をまねてティーカップに口を付けた。中身を飲む事はできなかったが、カップを離すと縁に口紅の跡が残っていた。「君はそういう事を一つ一つ覚えていかなければならない。」大志はそう言うとグビリと珈琲を飲んだ。彼の男らしさに僕はときめきを覚えていた。
「では、次ぎの場所に行こう。その前に化粧を直してきなさい。」大志に言われ、僕は席を立つと化粧室に向かった。そこは僕が初めて踏み入れる場所だった。女しか入ることが許されない。僕が女でない事が知られないよう、ビクビクしながら鏡の前に立った。ポーチから口紅を取り出す。鏡に映る美智子の唇に紅を補った。
その間にも幾人かの女が出入りしていった。一瞥するも、誰も咎めることはなかった。その事を大志に言うと「自信を持って良いよ。大分、女らしくなった。美智子は元々が女なのだから、少しだけ気を付ければ誰にも判らないよ。」

喫茶店を出た僕達が次ぎに向かったのは映画館だった。上映されていたのは恋愛物であった。いつも大志と来ていた映画館であったが、活劇物とは館内の雰囲気が違っていた。
暗い館内の所々にカップルが座っている。いつもは前の方に偏って居るが、今日は館内満遍なく散らばっていた。僕等もそんなカップルの一組として席に着いた。
映画が始まった。何故か僕は女優の方に感情移入してしまっていた。彼女と喜怒哀楽を供に感じた。悲しくてハンカチで目頭を押さえていると、大志がそっと僕の肩に腕を廻してくれた。僕は彼に体を傾け頭を持たれ掛けたが、他の女達も同じ様にしていたのには気付いていなかった。
映画館を出た時、僕は映画のヒロイン自身に成り切っていた。だから、大志に誘われるままホテルにやって来たのも、ごく自然の事のように思えていた。「シャワーを浴びておいで。」と浴室に促される。全身を映す鏡の前で、僕は着ていた服を脱いでいった。
下着も全て取り去ると、鏡には全裸の乙女の姿が映しだされていた。股間に手を充てると、ほんのりと湿り気を帯びていた。僕はこれから大志に抱かれるのだ。シャワーの冷水がほてり始めた僕の身体をほど好く冷ましてくれる。
入れ代わりに大志がシャワーを浴びている間に、僕はベッドの上で彼を待っていた。すぐにも彼はタオルを腰に巻いて現れてきた。既に彼のペニスはタオルを押し上げる程に勃起していた。
「さあ、美智子の本領を発揮してくれないかね?」大志の一言で僕の内にあるスイッチが切り替わった。清楚な乙女から淫蕩な娼婦となるのだ。そう、美智子の身体は性人形を元に造られているのだ。僕の意志を超えて、本来の仕組みが動き始める。自ら彼の股間に頭を近付け、彼の勃起したペニスを口に含んでいた。
身体からの刺激が僕の魂を塗り替えてゆく。彼の攻めに僕は媚声で応える。悶え、喘ぎ、さらなる快感を彼に求めていた。彼の上に跨り、自ら腰を振っていた。僕の造り物の膣の中は大志の精液で溢れている。
「もっと、もっと♪」と、あたしはせがんでいた。快感が昇り詰めてゆく。「あぁ、イク。イっちゃう~」

僕はゆっくりと身体を起こした。
ここは僕の部屋だった。快感の果てに美智子の身体から弾き飛ばされてしまったのだろう。僕の魂は僕の身体に戻されてしまった。
しかし、魂に刻まれた感覚は未だ僕を捕えて放さない。
僕の身体の芯が疼いて止まなかった。股間に手を当てたが、そこには疼きを鎮めることのできる器官は存在しなかった。
僕は再び魂を飛ばした。大志に組み敷かれ、性人形と化した美智子に舞い戻るのだ。大志のペニスを受け入れて歓喜に悶える女の身体に僕の魂を注ぎ込むのだ。僕の魂が、その激しい官能の渦に砕かれるても構いはしない。いや、僕はそうなる事を望んでいるに違いない。

ベッドの上で美智子が喘いでいた。その快感はもうすぐ僕のものになるのだ。
僕は飛び込んでいった。そして僕は美智子になった。

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コメント

確かに、いきなり女の子できるのはおかしいですね。
徐々に女の子に変わっていく過程・・というか、大志に踊らされていないか。僕??

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