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2007年3月14日 (水)

ベットに入りサイドテーブルに置いてある瓶から一錠の薬を取り出す。「良い夢が見れますように。」そう言って飲み下すと、一気に深い眠りへと引き込まれていった。

波がテトラポットに当たっては砕け散っていた。僕はそれをぼーっと眺めていた。季節はもう冬が近付いているというのに、僕は半袖のワンピースを着せられていた。

今の「僕」は本来のものではなかった。見ても判る通り、今の僕は女の子の姿をしている。そもそも、この肉体は生身の身体ではない。機械の身体に僕の記憶が刷り込まれているのだ。
僕は戸籍上、既に死んでいることになっている。死んだ瞬間を覚えている事はない。気が付いた時には僕は女の子だった。
家族で乗っていた自動車に暴走してきたトラックが突っ込んできたらしい。僕と一緒に父さんも母さんも死んでしまった。蘇生保険に入っていた僕だけがこうして生き?残った。本来は蘇生時の肉体は家族の確認を得た上で選択される。その時にふさわしい身体がなければ蘇生を保留することもできるのだ。しかし、身内が一緒に死んでしまった僕の場合は保険加入時に設定した条件で自動的に蘇生させられてしまう。両親が設定したのは僕の死亡時の年令と同じであることだけで、性別までは指定していなかったのだ。今更文句を言っても両親は天国に行ってしまっていた。
蘇生された僕は既に人権は存在しない。単なるモノとして扱われる。本来所有者となるべき父も母もいない。僕は両親の遺産を相続することもできないばかりか、彼らの財産の一部として家財とともに競売に掛けられた。
最終的に僕の所有者となったのは金持ちのドラ息子であった。別荘に連れてこられ、彼の身の回り世話をすることになった。料理を始め、家事などしたことのない僕だったが、サポートAIのおかげでなんとか仕事をこなすことができた。僕の所有者であるドラ…いえ、ご主人様はお昼近くにお目覚めになり、天気が良ければサーフボードを抱えて海に出ていってしまう。僕は夕食が出来ると呼びに行くことになっていた。その時指定されたのが半袖のワンピースだった。
サポートAIは家事をこなすのには便利だったが、一方で僕が所有者の命令に忠実であることを強いる。だから命令が解除されない限り、命令に従わざるをえない。だから、夕食を呼びに行ってご主人様がいないと、ひたすら待ち続けることになる。一度、朝まで待ち続けたことがあった。朝帰りしたご主人様が家に僕がいないのを知り、慌てて海岸まで迎えに来てくれたことがあった。それからは、日没までに戻らず、他に指示がない場合は家に帰って良いことになった。
しかし、夏が終わりご主人様が自宅に戻られる際、命令の解除を忘れたため、僕は毎日夕食を作っては日没まで海岸に立つことになってしまった。
機械の身体は寒さを感じることはあっても凍えることはない。疲れることもないので、こうして立ち続けることは苦痛ではなかった。ご主人様が戻られないことに一抹の寂しさを感じたが、それがAIによって刷り込まれたものかを判別することはできなかった。

海に陽が沈んでゆく。
呪縛が解かれたにもかかわらず、僕は今しばらくの間海を見詰めていた。

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コメント

なんだか、切ないお話ですね。
生き返ったのに、自分のない自分なんて・・
彼女(?)はいつまでも、毎日夕日を眺めるんですかねぇ。

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