« 帰還 | トップページ | 食 »

2007年2月22日 (木)

帰る

ここから帰るにはどうすれば良いだろう。
まだ陽は沈みきっていないが、乗り過ごした電車はその日の最終電車だった。この駅で一晩過ごし、明日の朝に始発で動き出すことになっていると言う。運転手が自家用車で駅を去ってしまうと、そこには誰もいなくなっていた。
駅前には何もない。バス停の時刻表を見ると、正午に一本しか載っていない。タクシーも来るとは思えず、僕は線路に沿った道を歩き始めた。
線路脇の道は駅に直交するように延びていた道より若干細目ではあったが、線路と並んでいるという安心感があった。しかし、徐々に道幅が狭まってくると次第に不安に駆られてくる。小型車であればなんなく擦れ違いができたものが、いまでは大きめの自動車は通るのが難しくなっていた。やがて、小型の車も通れなくなる。引き返そうかとも思ったが、これまで歩いた距離からすると次の駅まではあと少しの筈だった。

道が線路から反れ始めた。並行して走っているようだが、だんだん離れていっている。
路面はアスファルトから土くれに変わっていた。左右の薮が線路を見えなくする。木立が茂り上空を覆う。
辺りは暗くなっていた。これまで街路灯の一本も目にしていない。
上空を覆う木の葉の密度が上がり、僕は闇の中に包まれていた。

最初は幻聴かと思った。遠くで街の雑踏が聞こえた。僕の足が速まる。前方に光が見えた。僕は走りだしていた。

「パババパッ」
警笛が僕の前を走り抜けていった。僕は雑踏の中にいた。振り返るとそこはビルとビルの隙間だった。人はおろか、猫でさえ通れない。
僕はどこから来たのだろうか?

立ち尽くしていると「どうしたの?」と声を掛けてきた女性がいた。僕が呆然としていると彼女は合点がいったように「あなた、新入りさんね。」と言った。「ここがどこだか判らないのでしょう?ここはどこでもない所よ。説明するより体験してもらった方が早いわね。こっちに来て♪」と僕の手を引いて一軒の店の中に入っていった。

「何か好きなのはあるかしら?」僕は女の子の服に囲まれ途方に暮れていた。「これなんかどうかしら?赤と青でペアになってるわ♪」とヒラヒラのドレスを手にしていた。「お姉さんには可愛過ぎませんか?」「大丈夫よ。」とお姉さんが試着室に消える。
「どお?」しばらくして試着室の中から青いドレスを着て出てきたのは、彼女の為にデザインされたと思えるようにそのドレスに似合った美少女だった。
「さぁ、あなたの番よ。」とその少女に赤いドレスを持たされ、試着室に押し込められた。カーテンが閉められると手の中の服が蠢きだした。突然の事に手を放してしまったが、ドレスは宙に浮いたままだった。フリルの付いたスカートが僕を飲み込むように被さってきた。ドレスが下りてきて首の所から顔が出た。正面の鏡には赤いドレスに纏わりつかれた僕が映っている筈である。が、鏡に映っていたのは見知らぬ少女の顔だった。
僕の身体に纏わりついたドレスは僕の服を消してしまったようだ。ドレスの生地が直接肌に触れていた。が、僕の服が靴下まで完全に消え去ると、今度はドレスとの間に肌触りのよい布地が現れた。肩から紐のようなもので吊されていた。
次に脚が肌色の光沢のある布に包まれていった。ストッキングだった。僕の股間が小さな布切れに被われる。これもまた女物の下着なのだろう。
胸が締め付けられた。今度はブラジャーだ。胸が盛り上がり、女の膨らみが強調される。ドレスの上から胸に触れてみた。触れられる感覚があると言うことは、この膨らみは詰め物なんかではないと言うことだ。
再び鏡を見た。そこに居る少女に僕の面影はなかった。「どお?」先程の少女が問い掛けてきた。
カーテンが開けられる。「良いじゃん。可愛くなったじゃないの。」と僕の肩をつかみ、鏡に向かせる。鏡の中の少女達はまるでアイドル歌手のようであった。
「判る?ここはなんでもありの世界なのよ。美醜も壮老も思いのまま。あなたのように性別さえも変えてしまえるのよ。すてきでしょう?」僕は彼女に振り返った。「ぼ、僕は帰りたいだけなんだ。」「良いじゃない、帰らなくったって。ここは楽しいわよ♪」
僕はスカートをたくし上げ、ドレスを破ってでも脱ごうとした。が、どんなに頑張っても綻びひとつも作れなかった。「ここでは服を脱ぐ必要はないのよ。新しい服を選べば、自動的に今着ている服は消えてなくなるのよ。」
試しに手近にあったセーラー服を手に取ってみた。しばらくすると、鏡の中にはお提げ髪の女子高生が映っていた。

僕はキュロットで妥協して店の外に出た。とにかく、男物の服を探さなければならない。が、街のどこにも男物の服を置いている店がない。女物でもと探したが、ジーンズを始めズボンはどこにも置いてなかった。良く見ると町中には男は一人もいなかった。皆がいずれも美女か美少女である。
「ここはそういう所なのよ。」青いドレスの少女が声を掛けてきた。「僕を帰してください。」「帰るって、どこに?」どこ?思いだそうとした僕の頭の中は白いもやに包まれていた。「ねぇ、どこに行こうとしていたの?」「ぼ、僕は…ズボンを探していた。」「デニムので良ければこの店にもあるわよ。」と引き込まれた店には花柄の刺繍やカラフルなアクセサリーが縫い込められたパンツがあった。「けど、なんでズボンなんか探していたの?」
それは僕が本当は男なのだからズボンが当たり前で?って「男」って何?僕の記憶からどんどん大事なものが消えている気がする。
「あなたはズボンよりヒラヒラしたスカートの方が似合うわよ。」鏡に映る僕にワンピースが充てられた。確かにパンツは似合わない。キュロットよりワンピースの方が可愛く見える。「これなんかどう?」それは彼女のものとは色違いの赤いドレスだった。
そのドレスに手が伸びかけたとき、どこか遠くで危険を知らせるベルの音が聞こえた。
落ちかけたドレスが赤い顎を開いて僕を飲み込もうとする。制止する少女の手を振り切って店の外に飛び出した。ドレスが追ってくる。僕は警告を発するベルの音を頼りに走った。
目の前に閉まりかけの自動扉があった。
僕は迷わずに飛び込んだ。

「発車時の駆け込み乗車は大変危険ですのでお止めください。」
社内アナウンスが聞こえた。足に伝わる振動が、電車が動き始めたことを教えてくれた。
始発電車の乗客は僕一人のようだった。外はまだ暗い。窓ガラスに僕の顔が映る。息を切らして苦しそうだった。座席は十分に空いている。

僕はシートに座ると何げにスカートから伸びる脚を揃えていた。

« 帰還 | トップページ | 食 »

コメント

なんだか、「ミステリー・ゾーン」の『地図にない町(?)』みたいですね。
見知らぬ街で、彼は戻るべき姿に戻ったのかなぁ?
私だったらどんな姿に戻るんだろう?
奈落さんは、どんな姿に戻ります?

彼は結局スカートを履いたままです。

私は元の姿でスカートは履きたくありません。かといって美少女でも子供からやり直すのも面倒ですね。でも、大学生くらいに若返るのも魅力的ですね。ハマトラなんかが似合うと素敵ですね。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 帰る:

« 帰還 | トップページ | 食 »

無料ブログはココログ